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2009/10/13 旧「読書遍歴の記録」は削除しました。
記事内のリンクは修正作業中のため、「読書遍歴の記録」を参照しているものも残っています。ご容赦ください。

2009/11/ 3 創作掌編カテゴリを整理しました。

ツイッターはじめました。

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『深夜食堂 第4話 ポテトサラダ』 感想

深夜食堂 第4話 ポテトサラダを観ました。
ポテトサラダを必ずおかわりする客は、AV男優のエレクト大木(風間トオル)だった。店の客である田中は、大木に弟子入りするが、初めての撮影を控えた夜、母が倒れたことを知る。撮影を優先しようとする田中に、大木は家に帰ってやるように話すのだった。大木には、妹の結婚式に出ることを反対する母親に遠慮し、ずっと実家に戻っていないという事情があった。田中が故郷から東京に戻ると大木の姿は見当たらず……。

親孝行とAV男優という、なにげにミスマッチな部分が妙にしんみりしていい感じ。ポテトサラダは母の味だったのですね。
風樹の嘆などと申しますが、まったく考えさせられます。「木静かならんと欲すれど風止まず」。仕事の自由が効きそうもない年齢に、そういうことは起こるのでしょうね……。

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13周年ありがとうございます

 2009年11月4日をもって<書庫の彷徨人>は、開設満13年、14年目に突入いたします。
 皆様の日頃のご愛顧に心より感謝いたします。あいかわらず、いいかげんな更新ペースと内容ですが、お暇な時にでもお寄り下さいませ。
 これからも、よろしくお願い申し上げます。

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Kwaidan 第10夜・「エレベータ」

今オレが住んでいるマンションのエレベータは、なぜかいつも2階でいったん扉が開くのだった。昇りの時も下りの時もそうだ。ただ、だれかが乗り合わせている時は起こらず、オレひとりの時に限ってそうなるのだ。急いでいる時などには、かなりイライラしてしまう。
「急いでるんだよ、早く閉まれ」と言いながら、「閉」のボタンを連打してみるのだが、たっぷりと30秒以上はそのままだ。まるで、誰かが乗り込むのを待っているように。

その日も、朝、ぎりぎりで部屋を飛び出した。エレベータが、やけにゆっくりと動いているように思える。下降するエレベータは、いつものごとく2階で停止したが、どうせ誰も乗り込んでこないのだろうと「閉」のボタンに手をかけて待っていたら、ちがっていた。白いワンピースを着た細面の美人が、ゆっくりとした動作で乗り込んできたのだ。「こんな美人、住んでいたっけ?」と思いはするが、もちろん住人すべてを把握しているわけではない。
1階に着くと、くだんの美人は「開」ボタンを押さえて、お先にどうぞという素振り。急いでいたので、遠慮なく先に降りさせてもらう。まったく我ながら紳士的とは言えないな、と思いながら。すると、背中から、はなやかな感じの声が追いかけてきた。「今日はボタンを何度も押さなかったのね」と。振り返ると、扉はすーっと閉まるところ。かの美人は降りてこなかったのだ。

それからだ。エレベータが2階で停止すると、オレは「開」ボタンを押して、しばらく経ってから扉を閉じることにしている。たとえ見えないにせよ、ほんのしばらくの間、美人とふたりきりでいるのだと思えば、悪い気はしないではないか。

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Kwaidan 第9夜・「定食屋」

 仕事をおえて、飯を食いにいこうと営業の若者に声をかけると「だって、また例の店をさがすんでしょう?」と、あからさまにいやな顔をされた。
 さがすもなにも、この辺鄙な山村にある工場に一人で赴任してきてから、ずっと通っている定食屋なのだ。なつかしい感じのする味つけが、単身赴任の心を癒す。他の勤務者は近在の者なので、晩飯はひとりそこで食うのが習慣だ。だが、タイミングが悪いのか、月に一度本社から打ち合わせにやってくる営業の若者を連れていくたびに、山間を抜ける県道の横にポツンとあるその店は、灯りをともしていない。街灯もない道だから、夜遅くともなれば、店の場所だってよくわからなくなるのである。
 車で一時間以上もかかる街のホテルに営業の若者が引きあげてしまってから、私はひとり、自転車ででかけた。くすんだ感じの白い暖簾が灯りに浮き出ている。私には、分相応の店だという気がする。
 さばみそ定食をたのむと、ゆっくりとほおばる。慣れない仕事の毎日で、唯一ゆっくりとできる時間だ。
 店にはいつも客が少ない。店の親父をのぞいては、いつもスポーツ新聞を読んでいる中年男だけが顔なじみだ。新聞には紙面の半分を埋めるくらいの大きさの文字で、野球の記事が踊っている。せめて野球中継を見る趣味でもあれば、男と話も合うのだろうが、あいにくと、そちらも不調法だ。
 「V9達成近し!」「ON砲快進撃」
 ずっと工場にこもって仕事ばかりでは、世間には疎くなる一方だ。どのチームの連覇なのか、往年の名選手たちと同じように呼ばれるのが誰なのかも判らない。
 少しぼけていて、千円札や五百円玉ではだめだという親父に今日も百円玉だけで勘定を払いながら、いつかあの営業の若者を連れて来てやれるといいな、と考えた。

第7回ビーケーワン怪談大賞応募作


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Kwaidan 第8夜・「石碑の上の男」

 「水をいっぱいもらえないか?」
 小学5年の夏休み、せみ採りに行った神社で頭の上からそう声をかけられて驚いた。何かがのどに引っかかるような、ぶつぶつと途切れるような口調だ。
 見上げると、8月も終わりに近づいたというのに、まだ照りつけるような太陽を背にして、黒々とした影が私を見据えていた。
 いや、逆光で黒いわけじゃない。黒い上下のスーツ姿。ネクタイはしていなかったが、同じく黒いワイシャツは首元のボタンまできっちりとかかっていた。短く刈り込んだ髪に、妙に尖ったような口元と丸い目をした真っ白な顔が印象的な中年の男だった。
 男は、鳥居の近くにあった子供の背丈ほどの石碑の上に、胡坐をかいていた。石碑に上ることは禁じられているのに。入り込まないように柵がめぐらせてあったのだ。
 「水なんて持っていないよ」と、私は答えた。実際、虫採り用の網と籠しか手にしていなかった。<知らない人に道で話しかけられた時>という夏休み前に与えられた注意が頭の中でぐるぐると回っていた。
 「持ってきてくれないか?」男は、重ねてそう言った。何と返事をしたかおぼえていない。男に背を向けて一目散に逃げ出したからだ。逃げながら考えていた。あの石碑は先端が尖っていて危ないから柵がしてあるのだ。あの上で、胡坐をかけるだろうか?と。

 あれから何十年も経った。ニュースが故郷の町での子供の失踪を伝えている。あの神社の石碑の柵に、その子の空の水筒がかけてあったそうだ。
 「水をいっぱいもらえないか?」と言ったあの男の声が耳について離れない。子供がいなくなったのは私のせいだという気がする。明日、私は水筒に水をたっぷりと入れて、あの石碑のある故郷の町を訪ねてみようと思っている。

第7回ビーケーワン怪談大賞応募作


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Kwaidan 第7夜・「砂」

 ある夜、帰宅すると、砂の像になってしまった妻をキッチンで見つけた。南の島の砂浜で集めてきたかのような真っ白な砂だ。首を少しかしげ、右手を前に出した姿勢は何か物問いたげで、少し寂しそうにも見える。
 もしかすると、こうなってしまったのは、その夜のことではなかったのかもしれない。毎日毎日、始発で仕事にでかけ、終電で帰ってくるような生活が続いていた。妻とまともに話をしたのがいったい何日前だったのか、まったく思い出せなかった。気づかなかっただけで、砂像になった妻はずっと、ここにこうして立ち竦んでいたのかもしれない。
 砂が崩れないように、そっと胸のあたりに耳をあててみれば、もちろん心臓の鼓動など聞こえるはずもなく、ただ、さらさらと、砂が流れていくような音がするばかりなのであった。
 それから私は仕事をやめ、ずっとそのような妻と暮らし続けている。砂がひび割れてしまわぬよう部屋の湿度を一定に保ち、時々はその表面に霧吹きで水を吹きかけるのが日課となった。そして、月の綺麗な夜には窓を開け放ち、妻の像にその光をあててみる。白い砂に冷たい月の光がきららに反射して、妻の美しさをいっそう際立たせるのだ。
 私は今、このうえなく幸せだが、ただひとつ不安もないではない。それは、この私の体も、どうやら少しずつだが砂になりつつあるように思えることだ。私もまた砂像となりはててしまうのであれば、誰がこうして妻の美しさを維持するというのであろうか?
 いや、いっそこのまま、ふたりともどもに崩れ去り、小さな砂丘となりはてるのも悪くはないのかもしれない。だから、やがて、私たちの体のなれのはてがいりまじった砂丘に月光がよく映えるよう、窓のカーテンだけは開け放っておこうと思うのだ。

第7回ビーケーワン怪談大賞応募作


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Kwaidan 第6夜・「コンビニ」

 仕事が深夜に及ぶことも多いぼくのような職業では、コンビニやファーストフードなくしてはやっていけない。徹夜明けのハンバーガーショップで目覚まし代わりのコーヒーを啜りおえ、会社に戻ろうと店を出る時に、早番の女の子が言ってくれる「行ってらっしゃいませ」に、違和感を感じながらも救われているのは事実だ。
 あいさつは大事だよな、と思う。元気なあいさつは、心を豊かにしてくれる。コンビニだって、レジが無愛想なところより、あいさつの気持ちいいところに行くものね。来店があるたびに「いらっしゃいませ!」とバイト店員の声が唱和するのは、いいものだ。
 まあ、でもな。あれも程度問題かもしれない。マニュアルがどうなっているのか知らないけれど、朝でも深夜でも同じ調子で、「いらっしゃいませ!」とやられると、多少げんなりすることはあるよ。システムテストの合間、深夜の2時3時に行っても、そうなんだから参る。
 特にあそこの店員はひどかったな。店で深夜の休憩時に雑誌とか立ち読みしてると、だれも来店してないのに、やたらと「いらっしゃいませ!」を連発してた。ドアなんて一度も開かないのにな。カップラーメンの代金を払って店を出ようとすると、なんだか物言いたげだったけど、なんか感じ悪い。いくらあいさつしても、お客様にあの態度はいかんよ。
 あの店……今月に入ってもう何人、深夜番の店員の顔が変わったろう?でも、あいかわらずなんだよな。どの店員も、何か言いたげに見えるんだけど、いったい何だっていうんだろ?

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Kwaidan 第5夜・「小人」

 玄関の横の植え込みに、妻がホームセンタで買ってきた7人の小人を並べていた。ディズニーのアニメでおなじみの、あのどことなくユーモラスな表情をした小人たちである。
 ところが、最近だんだんとその数が減ってきたのだ。
 ふと気づくと、1体また1体と減っている。誰かが盗んでいるのだろうか?買ってきてからずいぶんと経つし、土にまみれてあまりきれいな状態とも言えない。買ったところで、それほどの値段がするものでもない。

 今朝見ると、ついに小人は1体だけになっていた。その1体も、妙に植込みの端のほうに置いてある。こんな所に置いていたのだったか?
 植え込みをのぞきこむと、水分をふくんでしっとりとした柔らかい土の上に、無数の丸い穴が空いている。深さは1cmほどであろうか?

 まさかな・・・私には、それが小人たちの足跡のように見えたのである。

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Kwaidan 第4夜・「終電車」

妙に肌寒さを感じて目がさめた。
西に向かう終電車である。何とかぎりぎりの時間で仕事をおえると、ほとんど駆け込むようにして乗り込んだのだ。疲れていたので、座席につくなり眠り込んでしまったようだ。ぼやけた目で周囲を見渡すと、肌寒さの理由がおぼろげながら理解できた。誰も乗っていないのである。どうやらこの車両には、私ひとりだけのようだ。白々とした蛍光灯の下、空調の音だけが大きく響いている。

乗り過ごしたのかと思った。いくらなんでも、誰もいなくなるわけはない。終電だとはいえ、最寄駅ではまだ降りる人がたくさんいるはずなのだ。行き先を表示した車内の電光掲示板は消えている。窓からは闇が見えるばかりで、どこを走っているのかさっぱり判らない。
前の車両への扉を開く。やはり誰もいないし、行き先表示もない。次々に車両を通り抜けるが、同じである。どの車両にも、誰も乗っていないのだ。
いちばん前の車両にたどりつくと、運転席をのぞきこんだ。運転士は、前を向いたままで微動だにしない。まさか運転中に声をかけるわけにもいかない。後部車両には車掌が乗っているだろうと引き返した。
誰もいない1両目をふたたび通り抜けて、2両目に戻った時、息が止まるくらいに驚いた。乗客がいるのだ。さっきはたしかにいなかったはずなのに。ごくふつうに、何人かが座席にすわっている。次の車両も。その次の車両も。見慣れた、いつもの終電車だ。まばらとはいえ、どの車両にも何人かの乗客がいる。ということは、さっき通ってきた空の車両はいったい何だったのだろう?
電車がポイントを通過するゆれを体に感じ、見知った駅の名を車内アナウンスが雑音まじりに告げるのを聞いて、あることに思い至って体が震えだした。さっきまでは、空調の音しかしていなかったのである。

※この作品は2006年のbk1怪談大賞応募作品です。


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