【読書】1997年の読書遍歴

2008/09/06

『月光魔術團vol11おばあちゃんのスグレモノの夢の遺伝子』(平井和正)感想

この巻からインターネットを介してのオンライン出版が始まっているだろうから、読んでる方々はもうしばらく前に読了されてると思う。PDFファイルで、書店で入手する半額くらいの値段で先行出版されているものを読むことができるのだから、いいよなあ。まあ、問題は決済がビットキャッシュ方式なんでその気になって先にビットキャッシュを入手しないとならんことか。ちなみにぼくはまだ入手してない。オンライン出版とでは異動もあるし、なにしろ作者のコメントがちりばめてあるのだから、ファンとしてはぜひ入手したいところなんだが。
ともあれ、ここにきて、ああやっぱりという重大な事実が出てきましたねえ。博徳高校の以前の名前は博徳学園、しかも校庭に1972と刻まれた墓石のような自然石。ネタばれ的になってしまうけど、やはり書かずにはいられないですね。ここってあの場所なんだろうか?しかし、あの場所だとすると、どのパラレルワールドを継承してるんでしょうか?12/24までオンラインで公開されていた特別シーケンスには謎を解く鍵があったのだろうなあ。vol12はオンラインで手に入れようかなあ。(1998/1/3)

『千尋の闇』(ロバート・ゴダート)感想

イギリス史には疎いので、どの程度歴史的事実を踏まえてこの物語が描かれているのかは判らないのだが、そうしたことを抜きにしても文句なく楽しめる凝った展開のストーリーである。元歴史教師の主人公は、気晴らしに出かけた旅先である実業家を紹介され、彼から仕事を依頼される。その仕事とは、チャーチルやロイド・ジョージとともに大臣に抜擢された若き政治家ストラフォードが何故に理由もなく婚約者に去られ、また大臣の座を追われたかという謎を、彼の残したメモワールを手がかりに探って欲しいというものだった。主人公は調査を薦めるうち、彼が離婚した妻の家族に浅からぬ関わりを持つことに気づいて…、というストーリー。これが処女作だそうで、ぼくが大いに気に入った『リオノーラの肖像』が第二作だというから脱帽するしかない。重曹に歴史をからめ、そのゆがんだ鏡として現代を設定するのはこの作者の得意とする手法であるらしい。この歪んだ鏡を通して、主人公はストラフォードに一体化していくというわけである。なにしろ錯綜していて、かなり複雑な謎が設定されている。時間をかけて読むのに価する長編である。(1997/12/28)

『薬指の標本』(小川洋子)感想

そのなんともいえぬなまめかしい題名に魅かれて購入した。サイダー工場に勤めていた主人公の女性は、機械にはさまれて薬指の先を失ってしまう。工場を辞した彼女は「標本室」で働きはじめるのだが、そこでは生物にとどまらず人々の思い出の品が標本にされているというストーリー。少々はまってしまった。文体はまるで違うのだけれど、読んでいる間中、安部公房の『第四間氷期』が思い出されてならなかった。
うすく色のついたガラスの壜に時間を封じ込める標本という作業、それはどこか性的な暗喩を持ちながら生臭い感じがしない。どこまでも無機質だからだ。そして標本技術士が彼女に贈るあまりにも足にぴったりとした靴。これもずいぶんと歪んだ愛情表現のような気がするが、ふたりの行為はどこか透明ですらある。そして、ラストシーンで彼女が選んだ道は必然なのだろう。閉鎖的でありながら、淀むことのない悲しいまでに美しい物語でした。(1997/12/28)

『蝶とヒットラー』(久世光彦)感想

実在する店の陳列棚について語りながら、かくも妖しき雰囲気は久世光彦特有のものだろうか?ここに描かれた店店の多くが、訪れようとすれば実際にそうできるかもしれぬ場所だということがにわかには信じがたいことのように思える。そして、きっとそうしたからといってこの連作に描かれたような雰囲気を自分には感じ取れるとも思われない。「義眼工房」の何ともいえぬ味わいや「黒いパイプ店」に醸し出される闇の雰囲気に酔わずにはいられない。「地下軍装店」の耽美さも「神秘昆虫館」の妖しさも好きだ。ひとつひとつの書かれた言葉に妙に納得してしまうのだ。「夢のまどろみにも似た玩具喪志譚」と帯には書いてあるのだが、単にそれだけにはとどまらぬまさに黄昏の国の物語なのである。(1997/12/28)

『心の昏き川』(ディーン・R・クーンツ)感想

モダン・ホラーではないクーンツ作品は初体験である。どうなることかとちょっと心配だったのだけれど、そんな思いはすぐに雲散霧消した。ひたすらにクーンツ節なのだ。心と顔に深い傷を負った孤独な男、男と奇妙な連帯を持つ一匹の犬、そして謎のように現れて姿を消した女。テンポよすぎるくらいにテンポよく物語りは展開していく。この作品ではオンライン・ネットワークを使用したいわゆるハッキングの技術や、そこから不法に得られる情報(これはイコール力と言い替えてもよいね)がテーマのひとつに選ばれていて、そのことも興味深い。とにかく楽しめる作品だ。そして、クーンツを読むといつも人生は捨てたもんじゃないよなという感想を持つことができて、その点もぼくは気に入っているのだ。すばらしい大団円とはいつもいかないで問題は提示されたまま終結するのだけれど、とにかく前進していく力の一助とはなってくれるものね。概ね、ハッピーエンドの物語など読み返す気にはならないのだけれど、クーンツだけは少なくとも希有な例外なのだろう。(1997/12/28)

『グイン・サーガ外伝12 魔王の国の戦士』(栗本薫)感想

シルヴィア姫をさがしてのグインの旅もはや三巻目。解説でかの今岡清氏もちらりと触れておられるが、グイン・サーガと銘打つ限り、ストーリーはこちらが本編なんだな。姫の幽閉された塔をさがすグインはグラチウスの暗黒魔道の力によって魔都ホータンへ。うーむ、魔都といえど、前二巻に比べるとまだ人間の領域に属する旅ですね。ぼくとしてはあと一巻くらいはヒロイック・ファンタジー世界の旅でもよかったかな、とも思うのですが。
いよいよ核心に迫ってまいりましたねえ、本編復帰まであと一巻、それとも二巻?カバー表紙を飾る末弥氏のグインを正面から描いたイラストも逸品です。(1997/12)

『創竜伝11銀月王伝奇』(田中芳樹)感想

前巻からずいぶんと間があいたけれど、めでたく11巻である。とはいえ、今回は特別編なので本編とは連続したストーリーではない。作者が実際に見た夢をバックボーンにしているというので、その点も興味深い。ただ、前巻までかなり派手なアクションシーンが展開されていたし、舞台も国際的(?)になっていたので、その続きとして読むと少々スケールダウンした感もいなめない。
まあ、とはいうものの、竜堂四兄弟はあいかわらずである。これだけ世界の、特に日本とやらいう国の政治家の無能さを虚仮にした作品シリーズもめずらしいし、思わず真顔でうなずいてしまう意見なども書いてあってよいのだ。毒舌という点では次男の続に一歩及ばないが、ぼくのごひいきは教師を表稼業にしている長兄の始である。このように生き生きした先生がたくさんいらっしゃれば、教育の荒廃とやらを嘆かずにすむと思うのだがなあ。今回は久々に学校が舞台になっているので教壇に立つシーンなど楽しめるかと思ったのだが、あっさり数行でかたづけられてしまい、その点のみちょっと不満です。(1997/12)

『陰陽師-付喪神ノ巻』(夢枕獏)感想

陰陽師安部清明と平安貴族源博雅を中心に怪異な事件を追う人気シリーズの第三弾。やはり興味をそそるのは第一巻の冒頭「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」の後日エピソードとして「ものや思ふと…」が入っていることだろう。これ、シリーズ中ではもっとも好きな話であったので、それこそほんとうにページを舐めるように読んだ。宮中で歌合わせが行われるのだが、その最後に壬生忠見の「恋すてふ我が名はまだき立ちにけりひと知れずこそ想ひ初めしか」と平兼盛 の「忍ぶれど色に出にけり我が恋はものや想ふとひとの問ふまで」が争うのだが、敗れた忠見は悔しさのあまり幽鬼となって宮中をさまよっているというものだ。この執心というのは物を書くような人にはよく判る種類のものである。まさしく「鬼」なのだ。怖く、哀れで、そして儚い。思わずうなってしまった。きっと文章を綴る人間、いや何かを作り出す人間というのは大なり小なりこのような「鬼」を心に棲まわせているに違いない。
他にも、1、2巻からのエピソードの継承が見られて興味深いものがあります。(1997/12/07)

『天狗風-霊験お初捕物控(二)』(宮部みゆき)感想

「お初」の長編第二段。今度は若い娘が不可思議な状況で次々に神隠しに遭うという話。「霊験お初」だけに今度も事件には超自然現象がからんでおり、奉行所の通り一遍な調べではらちがあかないのだが。ワトソン役には前作より続投で右京之介、脇をかためる個性的な市井の人々も健在である。
それにしても神隠しというのは昔はほんとうにあったのだろうか?何年も行方知れずになっていた子供がまたふらりと現れたり。ちょっと怖い。そんな現在という時代には決して棲むことを許されない「魔」が、江戸という遠い過去にはまだまだ潜んでいたのかも知れない。この作品で何がすごいと言って、このような不可思議な素材を用いながら、違和感を感じずに時代物としても読めるということだよね。まあ、考えてみれば宮部作品はずべてそうなのかも知れないが。『震える岩』を読了したところのあなた、ぜひ書店に走るべし。(1997/11/30)

『覆面作家は二人いる』(北村薫)感想

なるほど、北村薫はこういう文章も書くのだな。おもしろいじゃないか。ぼくの周囲ではこの作品は毀誉褒貶が激しかったので読むのをためらっていたのだが、何のことはない。軽快なテンポの快作である。北村作品は「円紫さんと私シリーズ」、『冬のオペラ』、『ターン』、『水に眠る』とかなりランダムに読んできたわけだけれど、長編としてはこれ初めて男性の視点で描かれているのだな。この点も興味深い。あれだけ女性の視点で書くことを得意としている作家がどうやって男性一人称をこなすのか?単行本は平成3年になっているから、いまさらこんなことを言っているのはぼくくらいなのだろうが、それにしてもおもしろい。主人公は出版社に勤務する編集者で、担当しているのが姓は「覆面」名は「作家」という、じつはお嬢様作家というオフザケな仕掛け。このお嬢様のキャラクターがしかも、そんなばかなと思わずつぶやいてしまう妙なもの。主人公のふたごの兄は刑事をやっていて主にそこから事件に(自主的に)巻き込まれる。日常的素材をミステリー仕立てにしているという点のみ既読の北村作品と通じているか。何にせよキャラクターすべてが生き生きしていて、読んでいて心地よい。すべて文庫化されるまで、ぼくは果たして読むのを待てるだろうか?(1997/11/30)

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