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カテゴリー「1998年の読書遍歴」の92件の記事

2008/09/17

『QED-百人一首の呪』 (高田祟史) 感想

奇しくも百人一首にまつわるミステリがふたつ同時期に出版されたことになるのだろう。『百枚の定家』は正統派の歴史ミステリだったが、これは百人一首をモチーフにしたパズルのような物語である。なるほど、百人一首をこのように読むこともできるのかと感心する一方、ここまでやっておいて殺人事件など起こすことはないのにとも思った。木に竹を継いだような感じがするので、そこのみ不満。ただし、作中で語られる百人一首の読み方なるものには感心してしまいました。歴史ミステリの醍醐味のひとつに教科書的ではない生々しさというのがあると思うのですが、その点では充分に満足できる作品だと思いました。(1998/12/26)

『月の物語 異形コレクション』 (井上雅彦 編) 感想

異形コレクション第8弾。「竹取物語」をしたじきにした梶尾真治の「六人目の貴公子」が面白い。思わずニヤニヤしてしまうカジシンのユーモアテイスト爆発といったところか。横田順彌の「落葉舞」はおなじみの明治幻想シリーズであいかわらずいい味を出している。眉村卓で月というとぼくが思い出すのはビジュアルなラストシーンが頭から離れない短編「青白い月」なのだが、今回収録の新作「月光よ」もまことに奇妙な一編。このアンソロジーをぼくがお気に入りなのは、このように思わぬ方の思わぬ新作を読むことができる点である。北野勇作「シズカの海」は先般インターネット上で流れたとある噂をバックボーンにしているのだろうか?思わず何度も読み返してしまった。都市伝説というのはこのようにぼくたちの頭の中に確かに構築されていくのにちがいない。今回もっとも秀逸に思ったのは菊池秀行の「欠損」である。どこがホラーなのかと問われると困るのだが、確かにホラーのようでもあり、しかもそうではない。妙に心にすっしりと重い一編である。(1998/12/26)

『虚空』 (ロバート・B・パーカー) 感想

スペンサーシリーズ第22作。スペンサーの友人であるボストン市警のフランク・ベルソン警部の新妻リーサが失踪する。更に調査をすすめていたフランクまでもが銃撃される。調査を引き継いだスペンサーの前にあらわれはじめるリーサの過去。めずらしくサスペンスタッチですすむ物語を監禁されたリーサの視点から語られるシーンが緊迫感を盛り上げている。『告別』においてスーザンに去られ、さらに『キャッツキルの鷲』において監禁された彼女を救助するという物語の、これはある意味で再話とも読めるが……。誰かと出会うことで、あるいは誰かに去られることで、人はいったいどれほどのことを学ぶことができるのだろうか?(1998/12/27)

『歩く影』 (ロバート・B・パーカー) 感想

スペンサーシリーズ第21作。スーザンが理事を勤めるボストン近郊の港町の地方劇団で主演男優が射殺される。スペンサーはスーザンからの依頼で調査をすすめるが……。事件と並行して語られるのは新しくふたりが週末を過ごすために購入した農家のことである。うーむ、贅沢。それとも外国ではこのように別荘を持つのはごくふつうのことなんだろうか?事件の舞台となる港町ポートシティの下町もまた現実の反映なら、このような贅沢もまた現実の反映なのか?貧富の差がとても明確な国アメリカ。矛盾に満ちた生活のなかで自分というものを堅持していくのはむずかしいものだ。(1998/12/27)

『百枚の定家』 (梓澤要) 感想

面白い!!最近読んだミステリの中では群を抜いて面白い。まあ、ぼくは歴史ミステリが好きですので、そのあたりのひいきは入っているかもしれませんがね。小倉百人一首のオリジナルである藤原定家の小倉色紙の真贋をめぐる謎。主人公は美術館のキュレーターとくれば、その手の作品が好きな方にはこたえられないでしょう。ストレートな歴史ミステリなのが何よりうれしいです。どうも歴史ミステリと銘打っていても妙な具合に設定に凝っていたり、首をひねりたくなるようないわゆる名探偵が登場する作品が多い中、これは思わずうなってしまう作品です。文章のバランスも、美術的知識がない読者にも無理なく読むことができるだろうし、説明も具体的かつ親切ですね。あとがきに準備に3年との著者自身の言葉がありますが、その成果がいかんなく発揮されています。1500枚、飽きずにしかもじっくり読むことができ、読書したんだなという満足感にひたることができます。唯一の不満は、宗祗の臨終にはじまるプロローグにあれだけ凝ったのだから、エピローグももう少し長くてもよかったのじゃないかというところ。まあ、もう少し余韻にひたりたい気分なのに、ちょっと唐突に終わりすぎかなあと……。この作家の著作は他に2冊出版されていると帯にあるのですが、ぜひ続けて読んでみたいと思います。(1998/12/13)

『黄泉津比良坂、血祭りの館』 (藤木稟) 感想

現時点でストーリーについて何かコメントするのは尚早なのでしょうね。何しろ購入した時点ではまったく気づかなかったのだけれど、どうやらこの本は上下巻のようですから。作者紹介欄に小さく続編の刊行予定があったりして……。あー、なんだかな。
それはともかく、特に前半部分だけれど漢字の使い方がいちいち感にさわる。べつに漢字表現してルビふる必要はないんじゃないだろうか?ちょっと装飾過剰のようにぼくには思える。雰囲気を出したいのならかえって失敗してるような気もするんだがなあ。後半に入ってストーリーが展開しだしてからは、けっこういいかもしれない。あるいはなれただけだろうか?
ただ、これだけの仕掛けをしておいて、どうして探偵なんていう凡庸な存在が必要なのかとそれはとても気になって仕方なかった。しかも、この探偵は頭のほうも凡庸みたいだし。けっこう何度も途中で読むのやめようかと思いましたよ、正直な話。しかし、どうやら凡庸だったのはぼくの頭のほうみたいですね。あたりまえか。
上記のように感じている方がもし他にもいらっしゃるなら、とりあえずこの巻の末尾までは読み通しましょうね、とだけ言っておきましょう。しかし、それで次巻を読む気になるかどうかは…………にかかっているのかなあ。(1998/12/06)

『夏のロケット』 (川端裕人) 感想

サントリーミステリー大賞の優秀作品賞。でもミステリではなくて、むしろ青春小説といったところ。かつてバイキング計画に魅せられ高校時代を天文部ロケット班のメンバーとしてすごした主人公は、ある事件をきっかけに、かつての仲間たちがロケットの打ち上げをもくろんでいることを知って……というストーリー。
読んでいると自分も計画に参加しているような気分にもなってきてうれしい。主人公たちはぼくよりいくつか年上の設定。すなわち社会人として一応中堅どころに差しかかっている年代である。彼らが高校時代からの夢のロケットを打ち上げようと考えるまでにはいろいろとあるはずで、そのあたりもいろいろ想像できて面白い。登場人物がぼろぼろになったブラッドベリの『火星年代記』を持っていたり、ミュージシャン氷川の作った曲名が「わたしを火星に連れてって」だったりする小技もいい。
「火星」というのはやっぱり魅力的な星で、SFを読む人間の大半は何らかの思い入れを持っているのではないだろうか?いろいろな物語がこの赤い惑星を扱ってきた。この物語もそれを継承するにふさわしい一作だと思う。(1998/11/23)

『ペイパー・ドール』 (ロバート・B・パーカー) 感想

スペンサー・シリーズ第20作。このシリーズにしては凝ったプロット。妻を通り魔らしき人物に殺害された名家の当主が、犯人を見つけ出してくれるようにスペンサーに依頼。ところが捜査をしていくうちに事態は二転三転して……。
スペンサーの事件の落着のさせかたはいつも独特であるように思う。例えば人口に膾炙しているだろうが『儀式』にその典型を見ることができるだろう。このシリーズの場合、善悪とはスペンサーにとってのそれであり、しばしばいわゆる常識からは逸脱している場合がある。しばしばそれはスーザンをも本当の意味では納得させることはできない。今回は?今回もそうだろうとぼくは思う。釈然としない結末である。しかし、これ以外には結末のつけようはないようにも思う。さて、読了して考えたのは、今回はスーザンがその方法と決着のさせ方に異議を唱えていないことだ。しかし事件の軸となったトリップ家への対処は、何だかいつものスペンサーらしくないような気もするのだが……。この一件、完全にふたりの外側の世界のこととして描かれているのはどうしてなのだろう?(1998/11/23)

『ダブル・デュースの対決』 (ロバート・B・パーカー) 感想

スペンサー・シリーズ第19作。興味深い一作、やはり『晩秋』でひとくぎりと思ったのは正しかったような気がする。これまで文庫化を待っていたこのシリーズを古書とはいえハードカヴァーで読んでもいいかな、と思った理由のひとつはこれだ。
前作とは一変して、今度はスーザンとスペンサー自身の物語が軸になる。スーザンのほうからある提案がなされるのである。それと対照して黒人スラム街の治安回復を行うホークと彼のガール・フレンドの姿が描かれる。はたして、女性はスペンサーやホークのような男といっしょにいることで幸福を得ることができるのか?というのが今回のテーマのひとつだろう。シリーズもここまで来て何をいまさらと思われるかもしれないが、ふたりにとっては「息子」を独立させた後の自身のみの暮らしの問題である。もちろん、ふたりの生活はかなりふつうとは変則的なものだから、物語も変則的に描かれるのだけれど。そして、ふたりの下した結論は……。
また、人種問題がわりとストレートに押し出されている点もホークとスペンサーの息の合ったコンビネーションを見てきたがゆえに奇妙な気分になる。ある意味やはり転回点となる作品なのだろう。(1998/11/23)

『晩秋』 (ロバート・B・パーカー) 感想

スペンサー・シリーズ第18作。シリーズはじめの佳品として名高い『初秋』の続編にもあたります。『初秋』で気弱な少年として登場したポール・ジャコミンはその後ダンサーとしてある程度の成功をおさめ、シリーズの随所に姿を見せたり、またスーザンとスペンサーの会話に登場したりしています。本作では結婚を考えはじめたポールが姿を見せなくなった母の行方を捜索してくれるようスペンサーに依頼するところから始まります。
ポールの母親をさがす話を軸として、これまで語られなかったスペンサーの生い立ちが次第にスーザンに明らかにされはじめます。スペンサーはどうしてこのような男になったのか?それはかつてポールに対してやるべきこととして示されたものをスペンサー自身がどのように獲得していったかの物語りでもあります。そしてこのスペンサーにとって家庭とは何かというテーマは次作に継承されていくのですが……。
やはりこの作品でひとくぎりがついたと考えるのが妥当かもしれない。すなわち、シリーズ初期でであったスーザンとスペンサーは結婚こそしなかったものの、それに相応する経験をしてきて、ここに「ひとり息子」ポールをほんとうの意味で送り出したということだろう。いわば、これはスペンサーが過去を振り返るという意味の作品なのだろうと思う。(1998/11/23)

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