【読書】2001年の読書遍歴

2009/03/15

『ハリー・ポッターと賢者の石』 (J・K・ローリング) 感想

世界3600万部の大ベストセラーだそうである。膨大すぎてちょっとピンと来ない数字であるが、奥付に初版第410刷と入っていて驚く。もちろん日本語版だけでの数字。いやいや、長い間本を読むのを趣味にしてきたけど、かつてお目にかかったことのない数字ですね。
まあ、これだけ流行し、映画化もされると世の中にはいろんな人がいらっしゃるもので、<魔女を賛美するような内容は宗教的見地から好ましくない>をはじめとして毀誉褒貶の激しいことだ。まあ、例にひいたような<批判>は、そもそも物語というものを枉げて理解しようとしているわけで笑止ですがね。
第1巻読了時点でのぼくの感想はというと、少々ひねくれているかもしれません。あえて誤解をおそれずに言えば、いかにも読書を趣味とする人間が喜びそうだなあ、というもの。どういう意味かって?つまり一種の貴公子流離譚なところなんだけどね、悲惨な生活を送っている自分はじつは高貴な身分の出身で、その力を是とする異世界ではヒーローである、と。まるで、腕力に欠ける人間がやたら超能力みたいなものに興味を示すのに似ていません?ファンタジイなんだからそれでよいのかもしれないのだけれど、いつもいつもやっぱり釈然としないのだよね。序章あたりで叔父一家にいじめられ尽くしていたハリーが、どうして何の屈折もなく寮生活の中心人物になったりするわけ?シンデレラとかと同じ納得のいかなさだな、人間ってそんなに簡単に価値転換できるもの?それともそれこそが高貴さの証?すべてが血筋とかにかかっていると言われているようで、どうもね。ここでぼくが思い出すのは『風の海 迷宮の岸』の泰麒だったりする。こちらは、そこまで悩まなくてもいいじゃないかと思うけれど、まだ彼のほうがぼくには理解しやすい。あちらのほうがふつうの反応じゃないの、と考えるのはぼくも屈折した人間だからかな?
あと、物語の随所にマグル=普通の人間を一段低く見るような描写が垣間見えることも気になるな。しかもハリー自身がそれに多少とも染まっていくようにも感じられる。特にラストの一言などは、ジョークとしてもいただけない。まあ、でも、この魔法族と一般の人間の関係が巻を追うにつれてどう変化していくのかは見どころのひとつかもしれません。といったところで、この物語でいちばん気に入ったところを示すのであれば<敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ>というところ。ラスト近くですね。なんでもない、ごくふつうの、でもなかなか出せない勇気。そういったものが評価されていることはすばらしいです。
さて、なんだかぐちゃぐちゃ書いたあとに言うのもなんですが、たいへん面白く読めたのは事実です。しばらく間をおいてから2巻を読んでみてもよいかもしれないな、と思いました。

『クレオパトラの葬送 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 (田中芳樹) 感想

ドラキュラもよけて通るお涼、通称ドラよけお涼の活躍は『魔天楼』『東京ナイトメア』『巴里・妖都変』に続く第4弾。今度は豪華客船クレオパトラ八世号を舞台にしての大暴れ。やっていることは一見無茶苦茶だし、毒舌もあいかわらずなのだけれど、筋は通っているのでしょうねえ。妙な感想かもしれませんが、ヤン・ウェンリーもこのくらいの融通がきけば死なずにすんだのかも。
加えて政治ネタのあぶないパロディも健在。この物語の敵役ホセ・モリタっていうのはつまりあの方なのでしょうけど、ここまで茶化して大丈夫か?日本の惰弱な政治家ならばともかく……。「テロリストハミナゴロシダ」には失笑いたしました。
あと、泉田警部補が野暮だと以前にも感想を書いているけど、その超鈍感さはここでも継続中。というか、涼子も素直じゃないのか、フクロウのブローチ。ふたりとも優秀な警官なのだろうけど、その方面にはかなりの不器用。そのあたりも、ヤンとフレデリカを彷彿とさせるような……。もしかすると作者がそういう感じの男女関係が好きなだけなのかな?
それと、もうひとつだけ。ネタばれなので、反転させときます。このやりかたって筒井康隆の『富豪刑事』?どう思います、みなさん?

『彼女が死んだ夜』 (西澤保彦) 感想

<匠千暁シリーズ>第1弾。どういう事情かは知らないのだが、このシリーズ版元が複数にまたがっている。じつは『依存』という作品を書店で見かけてたいへんに心魅かれたのだが、シリーズ作品ということで、これから読むことにしたのである。
やっとのことで両親にアメリカでのホームステイの許可を取った超箱入り娘のハコちゃん。しかし、帰宅してみると見知らぬ女性の死体が転がっているではないか……。はなから死体の処理を頼まれるというとんでもないシリーズ幕開け。うーむ、こっちはこれがシリーズになっているのを知っているもんだから、どうしてこれで成立するのかと頭をひねることに。まあ、早々にあきらめましたが……。タック、タカチ、ボアン、ウサコというキャラクタ造型はどうも申し訳ないがピンと来なかった。いそうだけどいないよね、というかちょっと極端ではないかと……。しかし、『依存』を読了している今だから言えるのであるが、それこそが大きな伏線になっていたのだろうか?うーむ。最初にどのあたりまで計画されていたのだろう、などと考えて再読してみると、タックこと匠千暁からはかなり<未来>に関する情報が語られていることに気づく。これ、4人にとってのどの時点から振り返った物語なのだろうか?

『オブザーバーの鏡』 (エドガー・ハングボーン) 感想

地球にはじつは三万年前から火星人たちが住み着いている。彼らは人類の精神的な成熟をじっと待っているのだ。その日がくることを信じてひたすら人類を観察し続ける役割を背負った者たち、それがオブザーバーだ。だが、火星人の中にはそんな姿勢に叛旗をひるがえし、人類を破滅に追いやろうとする者たちもいた……。
とはいえ、アクションシーンなどはほとんどない。淡々とした物語は、やがて来る破滅を予感させるのに充分だ。オブザーバー・エミルスが上官に宛てた物語形式の手紙という不可思議な形式で語られるのだが、エイリアンの内面描写としては人間的にすぎるのではないだろうか、とも思う。ほとんどのページでそれはメランコリックなほどである。しかし、これこそが古き良きSFなのかもしれない。流れ行く時間を、そう火星人たちのように感じながら、物語の中で重要な要素となっている音楽を聞くのもよいかもしれない。

『ボクの町』 (乃南アサ) 感想

巡査見習として派出所に勤務することになった主人公高木聖大。うーむ、コメディなのだろうけど、いろいろと考えさせられる一編かも。警官への志望動機は振られた彼女を見返すため、研修初日で警察手帳にプリクラを貼っていることを上司にとがめられる、いやいや今時の若者です。若く情熱的と言って言えないこともないのでしょうが、どうにも方向性がずれている。おいおい、それはちがうだろうと途中で何度も思いました。こんなのが警官をやっていたらたまらんけど、巷でニュースの俎上にのぼっている輩よりはよほど純粋なのかな。悩んでしまう。
半ば以上も読んでからはたと気がついたのですが、どうも自分は新入社員だった自分を彼に重ねているわけではぜんぜんなくて、こんな新入社員の面倒を見ている自分を想像しているわけです。なんというのか一瞬いやーな気分になりましたよ。もはや自分にはそういう感情移入の仕方しかできないのだろうか、なんてね……。こういう若者諸氏には、声に出さずに心で声援を送っておくというのがいいのかな?例えば年度が替わったら社会人になるような方には一読していただきたい物語ですね。あと、はじめて社会人として先輩という立場に立つ人にも。立場が違えば見ているもの、見なければいけないものは微妙に違うものです。警察という、ほんとに組織の見本のようなものを使って、そのあたり巧く見せていると思いました。

『グイン・サーガ82 アウラの選択』 (栗本薫) 感想

暁の女神アウラはランドックとともにグイン・サーガという遠大な物語の掲げる最大の謎。グインとははたして何者であるのか?それを導くための謎ここに来て随所で論じられてきたそれはこの巻まで来てかえって深まったようです。さて、それではパロ聖王家とはいったい何であるのか?
ともあれ、対ヤンダル・ゾックをめぐる物語はこれでひとつの佳境を迎えたということでしょう。そして、パロ聖王レムスとは何者であるのか?当初からのこの疑問への回答も、これでヒントは与えられたのかもしれません。パロの闇王朝とはつまり……。そして、興味深いのは、物語のそもそもの発端であったパロの聖双生児リンダ&レムスとグインがじつに長い時を隔ててふたたび邂逅を果たしたということでしょう。世界の命運はいかに?

『金のゆりかご』 (北川歩実) 感想

<金のゆりかご>、それは天才を生み出す早期教育装置である。かつて同じ理論に基づいて天才教育を受けた主人公は、今では平凡な人生を歩んでいるのだが、そこに教育センターより入社の要請が来て・・・・・・。
無気味な物語、といって差し支えないだろう。得てして頭がよいと自分で思い込んでいる人間というのは身勝手なものだと思う。天才であることにそれほどの価値があるのだろうか?他のすべてを犠牲にしてよいほどの?読み進むごとに、どうにもならない嫌悪感が広がっていくのを感じる。どんでん返しに次ぐどんでん返しは北川ミステリのひとつの売りなのであろうが、この物語ではどうにも後味が悪い。とりわけエピローグのそれは、吐き気を催すほどである。人間というのは、自分が正しいと信じているとどこまでも身勝手になっていくものだ。
そういえば、気になることがひとつ。主人公の妻が物語のほんの序盤にしか登場しない。これだけの事件、それも自分自身のアイデンティティを揺るがせられるようなことに巻き込まれてなお、この主人公はひとりでそれを解決しようとしている。これも、ある種の身勝手ではないだろうか?この物語の中では、天才という呪縛から逃れふつうに生きようとしている彼でさえそうであるのだ。誰も救われることはなかったと思ったのはぼくだけであろうか?

『月曜日の水玉模様』 (加納朋子) 感想

連作短編集。いわゆる日常の謎ですね。
「月曜日の水玉模様」 ばらしてしまえば、この水玉模様というのはネクタイの柄のこと。いやいや女性の視点は怖いです。なるほど、気づかないうちに同じ曜日に同じネクタイを締めているわけですね。まあ、ぼくなどはそのあたり無頓着で毎日のように同じネクタイだったりしますが(笑)。主人公のOL陶子と調査員萩の出会いを描きます。さて、しかし、こういう社長さんは実際には多くはないかも。
「火曜日の頭痛発熱」 会社に勤めるってのは、そうですね、こんなもんです。まあ、清濁併せ呑む度量なんていいますけど、あまりに純粋ではやっていけないのは確か。ぼく?濁りばかりでどろどろだったりして(笑)
「水曜日の探偵志願」 解けなかった謎が年月が経つことによって解けてしまうことがあります。しかし、黙っていたほうがいいということだって絶対にあるわけですよね。すべてが明らかになってしまったのでは余韻というものがございません。その点これはマル。
「木曜日の迷子案内」 <飛び去ってしまって二度と還らない風船>この短編集中もっとも重いテーマが扱われています。手を離す者はいかなる魔に魅入られているのでしょう?伝わらなかった思いを、時を隔ててから伝わっていなかったのだと知るほど哀しいことはありません。
「金曜日の目撃証人」 思い込みっていうのは怖いもんです。あらゆる意味で。時には前提を見直してみることも大事なのでしょうが、忙殺されるままの生活にそれを望むことはできるのでしょうか?
「土曜日の嫁菜寿司」 人生はドラマチックかもしれない。もしかすると人が必要としている以上に。新幹線で乗り合わせた婦人と嫁菜寿司か……。読者にとってはただ、2日のことにすぎないのだけれど。
「日曜日の雨天決行」 クライマックスは土曜日。だからこれはエピローグなのだろう。やれやれ、この結末で納得しているぼくもやはり会社員か。
さて、ところで、ついぞやらない短編集の全編コメントを敢行しました。それは、題名に注目だからです。<水玉模様><頭痛発熱>・・・・・・<雨天決行>遊び心がうれしいですね。

『椿山』 (乙川優三郎) 感想

よほど非凡の才にでも恵まれていれば別であろうが、ひとは定められた何らかの枠から出ることが多くの場合はかなわないものだ。ならば、その己にとって出ることのかなわない枠のようなものを、自分の中でどのように捉えているかで幸不幸は大きく変わるのではないだろうか?時代は異なるとはいえ、これは現代にも通じることであろう。
「ゆすらうめ」 やっと年季が明けて自由の身になった娼妓のおたか。しかし、そこに家族が金の無心に現れる。おたかが娼婦から足を洗えれば自分自身の生活にも変化を望むことができるかもしれない、そんな思いをいだいていた番頭の孝助は……。これで終わると思っていた何かに引き戻されようとしている人間の気持ちとはいったいどんなものでしょう?いや、引き戻されるのではなく、それしか選択肢が残されていないのだとすれば……。
「白い月」 最初はまじめだった職人の夫だが医者の薬礼をかせぐためにはじめた博打が高じて……。これも考えさせる話です。夫婦をつなぎとめている絆とはいったい何なのか?いや、それはそもそも絆なのでしょうか?果てしない繰り返しを、また価値あるものだと判断させるのは、いったいどのような思いなのでしょう?
「花の顔」 ある意味現代的なテーマですね。自分にいつもつらくあたった姑。身勝手と思える夫。そして、月日は流れ、夫が江戸詰めのままに姑に痴呆の症状が……。時を経るに従ってのさとの心情の変化が読む者の心を揺さぶります。そして、さとの辿りついた結論とは……。短い中にほとんど人の半生といえる時を閉じ込めた美しい作品だと思います。
「椿山」 才気溢れる若者である才次郎は、学問所での成績もめざましく、登用試験を経て藩の勘定吟味方になります。しかし、ごく平凡な勘定方の父親は、何事も無難にこなすようにと息子に説きます。学問所の師範は、<人に何かをを教える者はまず心が穏やかでなければならない>と言い、娘を才次郎の友寅之助に娶わせます。それをきっかけに才次郎は藩の上部に接近をはかり栄達への道を歩みはじめるのですが……。才次郎のように死ぬことができるのであれば、あるいは人生も捨てたものではないかも知れません。何であれ、人は「その時」に間に合わないことのほうが多いのですから。

『ドリームバスター』 (宮部みゆき) 感想

宮部作品らしからぬ題名。しかも<ファンタジー長編>とか<第一弾>などと銘打ってあれば不安にもなりますやね。プロローグの「JACKIN」こそ日本を舞台に話が始まるものの、これはなんというかほんとうにSFです。宮部ミステリといえば怪奇趣味にSFテイストではありましたが、まさかここにきてそれをメインに出してくるとは思いませんでしたよ。なんというんでしょ?純文学作家がライトノベルをやるようなギャップを感じたです。
しかしですよ、物語を語るにかけては一流の宮部みゆきが、こういうものを書いてくれれば、<若者の活字ばなれ>なんてものをどうにかする原動力のひとつにはなるんじゃないかと……。いや、いらぬお世話でした。
この世界とは異なる位相にある世界での事故により、身体から切り離され意識だけになった囚人たち。彼らは時空の穴を通って我々の世界に来ることができ、夢を通じて人を乗っ取ることができる。その<悪い夢>を見つけ、狩ることが主人公シェンやその師匠マエストロの職業ドリーム・バスターである。うーむ、なかなかに心躍る設定。ついでに言えばファンタジーにつきものの言語処理問題も、夢を見ている人の知識を使って会話を行うという設定であっさりクリアしてしまうあたり、やはりすごいかも。そこさえ納得してしまえば、あとは日本語だから何でもありだものね。
そして、シリーズの伏線としてのシェン出生に関する設定も秀逸。さて、あとは夢を舞台にするという困難をクリアしてどのくらい魅せてくれるかにかかっているのだけれど、ぼくとしてはプロローグがやはりいちばん気に入っている。シェンたちにとっての現実を描く第3話「DBたちの穴」も面白くはあるのだけれど、さてこれが物語りが進むにつれてどう絡まっていくか見ものですよね。

※ハードカバーとノベルズ版は収録範囲が異なるようです。


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