【読書】2002年の読書遍歴

2009/04/11

『グイン・サーガ87 ヤーンの時の時』 (栗本薫) 感想

ついにこの時を迎えてしまったのだな、と思ったのはきっとシリーズ読者のすべてであろう。合掌。他の誰がシリーズよりいなくなるよりも、存在の喪失を感じてしまう。そう、思えば人として何と満たされない人生を彼は歩まされたのか。いや、なまじ人としての望みをあまり持たない彼であるがゆえに、これこそがつまるところ満ち足りた人生であったのか?古代機械の謎、ただそれをグインに伝えるためだけにヤーンに定められたこれは宿命だったのだろうか?彼のきらびやかではあったにせよ薄倖な年月が、ただただこの一日の会見のためにあったのだとすると、それこそが真実いちばん強い彼の願いであったにせよ、やはり人の子としては同情を禁じえない。ついに弟とわかりあうこともなく、最愛の妻に手を触れることもなく世を去らねばならないとは……。しかし、この別離こそがもっとも彼に相ふさわしいもの。ここにヤーンの時は満ち、すべての世俗の悩みより解き放たれたる彼に、黄泉路にての幸いこそをと祈らずにはいられない。(2002/12)

『黄泉がえり』 (梶尾真治) 感想

映画化作品ということで、ほとんどの書店で長期に平積みになっている。しかも主演がSMAPの草彅剛だものなあ。しかし、何というか、それでも書店で見かけるカジシン作品のはエマノンのシリーズを除いてはこれだけだという、ちょっと理解できない現象なんだけどな。こういう時こそ出版社は便乗するべきじゃないのね?あのすばらしい短編の数々をすぐに書店で入手できないなんて、どうかしているとしか思えない。長編に限っても『未踏惑星キー・ラーゴ』と『サラマンダー殲滅』は外せないでしょう?映画はつまり今回のところ主演で売っているので作家で売っているわけではないと?うーむ、それは長年カジシンのファンである我々に喧嘩を売っているわけだね。
さて、映画は未見なのでどの程度原作を取り入れているのか知らないけれど、もし見て気に入ったなら原作も読むべきでしょう。はっきり言いますがカジシンをSFファンにだけ独占させておくことがいかにもったいないか、この作品を読めば一目瞭然なはず。泣かせるSFを書かせてカジシンの右に出るものはいないことを、今回も輻輳するエピソードの数々でこれでもかこれでもかと証明してみせてくれます。死者が蘇ってくる話というと『異人たちとの夏』とか『回転扉』とか、何となくあちら側の色調をベースに書かれたものが多いような気がするのだが、これはこちら側、すなわち我々のいるこの世の側の事情をベースに書かれているのだな。まあ、なんといっても還ってくる人々が理屈ではともかく感覚的に自分が死者である自覚に乏しいのだものね。ひとつの限られた時間の中に過去の複数の人間関係が破綻なく存在するという、どこか不思議でまるで思い出そのものが目の前にあるような感じ。よいですよねえ。(2002/12)




『行きつ戻りつ』 (乃南アサ) 感想

旅をするのに理由がいるのだろうか、というじつにくだらないことを読みながら考えていた。収録されている各編の主人公たる女性たちは、いずれも何やらわけありで、わけありなゆえに旅をしている。旅をするのに理由がいるのかと考えてしまうのはぼくが男であるからだろうか?たぶん、同性からは同意してもらえると思うのだが、男の旅にはたぶん理由とやらはない。あるのは目的だけだ。その目的は仕事だったり家族サービスだったり自分の遊びだったりする。男の旅は目的地にたどりつくための旅だ。しかしながら、こうしてこれらの物語を読んでいると、女性にとってはそうではないのだな、というような漠然としたものを感じる。何やらわけありげで、どこかに向かっていたとしても、女性の旅はただ目的地に行くための旅ではないのだろう。旅をする理由とやらがあるらしいのだ。だから、旅をすることで癒されたりもするのだろう。考えてみれば、傷心旅行とやらをするのも男性の場合にはあまりないではないか?それは、要するに目的地と不一致な行動になってしまうからなのではないだろうか。そういえば、どこに行くかより誰といくかが云々というようなことを言うのも女性であるように思う。そういうふうに考えながらこれらの物語を読んでいくと面白くもあり怖くもあった。このように書かれてみなければ、しょせんぼくなどに女性の心理はおしはかれないのだと思い知らされるからだ。(2002/12)

『ロミオとロミオは永遠に』 (恩田陸) 感想

読み手を選んでしまう物語というのは是か非かということを読みながら考えてしまう。テイストが二十世紀サブカルチャーでテーマが大脱走だとなんだろね、という感じ。学生一般にとって学校なんてしょせん牢獄と同じなんでしょうかね?だとすると悲しいじゃないですか。
どうやら崩壊しているらしい世界、なぜか取り残されている日本人たちといったハードな背景から始まるのだが、悲壮にはならずになぜか戯画的に見える。受験戦争のカリカチュアかなあ、などと思いながら読み進めていくと、どうもそう単純でない。まあねえ、気に入らないというと全寮制の男子校(?)が舞台というところでして、そこでもう乗れないというか……。でも、考えてみれば全寮制の学校というのは恩田陸のお家芸なわけで、それが男子校だったらいつものようには乗れないと思ってしまうのは、ぼくの許容範囲が狭いのか。いやいや、この作品の場合は、せっかくそういう舞台なのにまったく耽美なところがないからいかんのだよ(笑)。好きな恩田作品にしては、読み進めるのにかなりの時間がかかってしまったし、これの感想をこんなふうに素直に書いていいのかどうか迷ってもいたのでこのページのUPが遅れに遅れたという。言い訳だなあ。こんなブロークンなことを書いている時点で、もはや何に悩んでいたのかもわかってもらえそうにないし。とにかく、ある意味においてハヤカワJコレクションだからこその作品ということは言ってもよいかもしれない。それと、試験シーンでは『国民クイズ』のK井K一の顔が浮かんできたりもしたのだが、まあ国家による歪んだ体制というところでは通じるものもあるかな?(2002/12)


『まろうどエマノン』 (梶尾真治) 感想

エマノン・シリーズ第4弾。巻頭には鶴田謙二の描くショートコミック「エマノンのおもいで」を収録。
1969年、とある事情で祖母のところにあずけられた小学校4年生の少年の視点で物語は語られる。やがて少年の出会ったエマノンは何か目的を持っているようだが……。
エマノンにとってすべての事象が「おもいで」であるように、例え一瞬の生をしか生きることのできないぼくたちふつうの人間にとっても、エマノンはたしかに「おもいで」なのです。人生の1頁にしっかりと焼き付けられた大切な「おもいで」。こういうふうな作品を読むと過去から連綿と続く時間の流れというものについて改めて考えさせられますね。アポロが着陸した夏、少年の日の輝かしい夏、しかしそれは人々が暗い過去の時代をなんとか通り過ぎてきたからこその夏でもあるわけです。この今という時間に我々が生きているということは、なんと不思議なことなのでしょう。
もちろん、エマノンは記憶者として時代の光も影も見てきた存在で、姿を少しずつ変えながら時代に寄り添い生きているわけですが、このシリーズの主人公たちが脳裏にえがくのは、あくまでも自分が会ったエマノンであることも、なんだか面白いことだと思います。この物語のラストで父と子が話し合っているのは同じ人物についてでもあり、またそうでないとも言えるのですから。
さて、あといくつエマノンの物語を読むことができるのでしょうか?エマノンの旅路は、人類という種の旅路は、いったいどこに行き着くのでしょう?いつかエマノンが人ではない種になる日がやって来るとしたら、そこで語られる「おもいで」は、はたしてなつかしいものにすることができるのでしょうか?(2002/11)

『グイン・サーガ外伝17 宝島』 (栗本薫) 感想

若き日のイシュトヴァーンの物語も完結編。時系列的にいえば、彼が傭兵になってスタフォロス城に現れるのはそんなに遠い未来の話ではないはず。しかし、なんというか、このイシュトヴァーンというのは異例ずくめの男ですよね。もともと『十六歳の肖像』の一編として作者が考えていたという『ヴァラキアの少年』が長編化したことが、このイシュトヴァーンのサーガに加速度をつけたような気がぼくはするのですが、いかがでしょう?そして、ついにはこの物語では上下巻になってしまいました。外伝の17、18ではなく17の上下……これはこのシリーズにおいては今のところ唯一の構成の仕方です。しかも、あとがきに作者本人が登場。中島梓名義ですらなく、堂々と栗本薫です。そもそも、このシリーズでは本編はあとがきをつけ、外伝は他の方が解説を書くという様式を守ってきたのですが……。作者の中に彼が占める割合としては、もしかするとグインより、ナリスよりよほど大きいのかもしれませんね。
それにしても、ほんとうに若きイシュトヴァーンの物語はこれで終わりなのでしょうか。本編での彼のかなり悲惨な境遇を知るだけに、こうして若く恐れ気のない彼の勇姿を読むことができるので、けっこうシリーズの救いになっているように思うのですが。まあ、とはいえ、今回はけっこうハードな物語だったかも。(2002/11)

『ハッピー・バースディ』 (新井素子) 感想

暗い。まあ、なんとなく想像はしていたんだけれど、これほどとは。ある意味『あなたにここにいて欲しい』より、『おしまいの日』より、『チグリスとユーフラテス』より読んでいてつらいのだな。小説の書けなくなった作家の話など読むものではないなと身にしみます。すくなくても精神的に不調な人は読まないほうがよいでしょうね。
しかし、あれだな。読者のほぼすべてが思っただろうけど、作中とはいえよりにもよって新井素子が一人称の物語を評して「かなりの確率で、”下品”になる」などと言うとは。いや、まあそれはその通りなのだろうけれど、新井氏はご自分が書かれてきた物語をどのように思っていらっしゃるのかとちょっと不安になった。一人称だけれど主人公は無意味な自己主張なんてしないのでとっても上品なのよ、とは思っておられないだろうな?
いや、誤解なきように改めて言っておくが、ぼくは新井作品の一人称な自己主張が大好きである。なぜかといえば、そこには登場人物の語る本音が生々しくあらわれているからだ。妙な言い方だけれど、新井作品の地の文は作者がかなり前面に出ていて、だから作者が作品に対して施している計算が見え隠れし、時にげっそりした気分にさせられるよね。<あ。ここでは○○さん、△△だから××って思ってるのね>というのが代表例か。これなどは計算とも言えぬ作者の声でしかない。しかし、これと一人称主人公の生々しい肉声が、何というか絶妙のバランスを保っているのだな。キャラクタと作者の幸福な共存とでも言ったらよいか。このバランスを楽しめるかどうかが素子ファンであり続けられるかどうかの境界線ではないかな?
まあ、そういう意味で、この物語の主人公のひとりである<あきら>がかなりの度合いで作者新井素子を反映しているのでは?という読み方をするとけっこう面白いかもしれない。もちろん、作中人物なのだから、まるまる100%(笑)というわけではないだろうが……。なに?(笑)の意味がわからない?いや昔々そういう特集誌があったのだよ。まあ、どうでもよいだろうが。(2002/11)

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 (J・K・ローリング) 感想

この巻を含めてですが、これまでの話は壮大なプロローグにすぎなかったわけです。これでやっと役者が揃ったような感じでしょうか。きっと、次を執筆中の作者はかなりのプレッシャーを感じているのだろうな、と思います。次巻『ハリー・ポッターと不死鳥の勲章(仮題)』は出版が遅れているそうですし。何しろ読む方にしてみればほんの数時間のことだけれど、書く方、またそれを訳す方はたまったものではないです。好きでなければできないことですね。願わくはこのテンションが最終巻まで持続されますように。
この巻は冒頭から波乱の展開。なにしろ章題が「リドルの館」ですものね。ハリーの夏休みシーンから始まるというお約束がここでもう破られています。3巻続いたいろいろなお約束がこれを手始めに破られていくのですが、みなさんはどう感じられましたか?この巻でそこまでやってしまってよいのかなと、ぼくなどは思ったのですが。まあ、これまでもあっと驚く伏線を多々はってきた作者のことですから、先の先まで計算済みなのかもしれないですね。
それにしても、3人組も14歳、それぞれにいろいろとあります。自覚していることも自覚していないこともね。読んでいて大人は回想モードに入りませんか?自分がその年齢の時はどうだったろう?とか。魔法使いであろうとそうでなかろうと14歳の悩みは14歳の悩みですよね。そして、どうなのでしょう?そろそろそのあたりが、子供たち、とりわけ低年齢層にはついてこられなくなっていませんでしょうか?それとも、そんなこともないのかな?うーむ。小学生の感想をぜひに聞いてみたい気分ですね。
しかし、ハリーはあいかわらずよくやります。けっして有利な立場にばかりいるわけではないし、本人もだいぶ自覚が進んでいるようですが、目立つということがけっしてプラスの要因ではないことを理解し、かつそれを乗り越えないとならないわけですからね。14歳という年齢には、それはかなりつらいことではないかと思うのですが。まあ、だからこそ読者皆が声援をおくるわけでしょう。最初に憂慮したように、力を持つことで力に寄りかかるタイプのいやな少年にはならないようです。でも、次かその次あたり、力を行使する誘惑に何らかの形で彼をさらしてみても面白いかもしれません。ヴァルデモート側につきそうになるハリーというのも見てみたいと思うぼくは、いけない読者でしょうか?
何にせよ、まだ物語は始まったばかりです。きっと、次巻では更なる波乱が待ち受けることでしょう。何しろ、最終章の章題は「始まり」なのですからね。(2002/10)

『張込み 松本清張短編全集3』 (松本清張) 感想

表題作は作者の<推理小説への出発点>とされているらしい。ミステリというよりは巧みな心理劇の体裁で興味深く、女の台詞が1行もないのが、緊迫感があってよい。また、杉田久女に材をとった「菊枕」が面白いと思った。こういう佳編も、もしかすると時代の波に飲まれて読むことができなくなったりするのであろうか?それとも、昔の価値観を類推する好資料として残るのであろうか?妙な心配かもしれないのだが、どうだろう?「断碑」、「石の骨」、「父系の指」と理由はともかくとして報われない者を主に据えたものが続いて読んでいてつらくなる。特に「父系の指」は自伝的作品だそうだが、事実関係の虚実よりもこれらが作者のどのような心理を反映して作品化されたのかと読みながら考え込んでしまった。(2002/10)

『沙羅は和子の名を呼ぶ』 (加納朋子) 感想

ミステリに超常現象の類を持ち込むことを嫌がる人は案外に多いかもしれない。少なくても、持ち込まれたそれらの現象が科学的に説明されなければだめだとされる向きは多いと思う。ところが、ぼくはどちらかといえば逆なのだ。数学の方程式のようにきれに謎が解けてしまうことに、ちょっとばかり不満なことがある。たまには解なしというのでもよいと思うのだが。
そういう意味では面白い短編の構成だと思う。思うけれど、だからこそ、肩すかしをくったような気分にさせられたものもある。どうだろう?例えば『エンジェル・ムーン』や『天使の都』は、読了してちょっといやな気がしたのだが?逆にもっとも気に入ったのは『橘の宿』とか、『商店街の夜』である。とりわけ、『商店街の夜』は河野典生の『街の博物誌』の中の一編のようですばらしい。さて、こんなことを考えているぼくはひねくれ者なのだろうか?そして、表題作。こういうテーマが物悲しいものになってしまうのは、どうしてなのだろうか?文庫の解説にふれられている藤子・F・不二雄の作品にもそれは言える。しかし、これが例えば<ネタバレ反転>

夢の10セント銀貨』(フィニイ)
<反転終わり>であればどうか?確かに同じテーマを扱っていながら、楽天的に仕上がっている。それをあこがれとみるかそうでないかの差なのだろうか?それとも、ミステリをベースにこういう味付けをすると、ミステリが肯定する世界、すなわち数式で割り切れる世界を是とせざるを得ないから、こういう展開になるのだろうか?難しいものだと思う。(2002/10)

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