『日本沈没 第二部』 (小松左京 谷甲州) 感想
![]() | 日本沈没 第二部 小松 左京 谷 甲州 小学館 2006-07-07 by G-Tools |
【感想】
第一部の世界より二十五年後を描く続編にして完結編。
続編はロシアかモンゴルあたりから始まるのだと、漠然とそう思っていた。第一部のあのラストシーンからして、そう考えたのだ。しかしながら、第二部冒頭は、かつて日本が存在した海域においての慰霊祭から始まる。パプアニューギニア、オーストラリアと視点を転じながら、その後の日本人たちとその政府のあり様についてが、淡々とした調子で語られていく。読みながら、『日本沈没』世界の日本人たちは、とてもよくやってきたと感じた。現実世界の日本人にここまでできただろうか?あるいは、70年代の大人たちにならできたのかもしれない。そう感じてしまったのである。この第二部は、現実世界に当てはめれば、まさに現代にあたるのであろう。そのことと、物語の後半で地球規模のプロジェクトに着手しようとする日本人たちとが、どうにもストレートに結びつかないのだ。優等生すぎると言えばいいだろうか。もちろん、大きな悲劇を経験した物語世界の日本人と、現実世界の日本人は違うといえばそうであろうが……。
さて、物語そのものは、首相となった中田や、渡の名を継ぐ者たちの視点を通して、十二分に楽しむことができた。日本が世界という舞台においてどのようにその役割を果たさなければならないかという点についても多くの示唆に富んでいる。第一部のようなスペクタクルはないものの、壮大さはいささかも第一部にひけをとるものではない。しかしながら、もっとミクロなところも書き込んで欲しかったと思うのは、読者の欲であろうか?とりわけ、小野寺のその後については、もう少し読みたいところであったし、渡兄妹をもっと活躍させて欲しかったという気もするのである。
沈没後の日本人たちがどうなるのかは、他の小松作品からおぼろげながら類推するしかなかった。例えば長編『果しなき流れの果に』では日本は二十一世紀の半ばに沈没したことになっている。<侮蔑と、優越感にささえられた憐憫と、かすかな恐怖や憎悪のいりまじった感情をこめて>日本人は他民族からヤップと呼ばれている。または、『日本沈没』と発表の前後関係を確認できなかったし、<ほろんでしまった>としか表現されてないのだが、「靴屋の小人」という短編では<働くことに呪われている>と評されている。掌編「夏の行事」では<日本列島が、まだ海の底に沈んでしまう前に>持っていた<古い宗教行事>が話題にされ、月面に<新日本市>の存在が言及されている。
これらの作品の存在によって、日本人は世界中に散り、受容れられることなく宇宙にその活躍の舞台を求めていくというのが、小松氏の構想に当初からあったことは、まず間違いないだろうと感じるのだ。物語の終盤、恒星間航宙船<蒼龍>において歌われる「君が代」は、誰に押しつけられたものでもなく、苦難の時代を経た<日本人>だけが得ることができた、ほんとうの国歌なのだ。
引用は
『果しなき流れの果に』(角川文庫版)
『小松左京ショートショート全集』(勁文社:「夏の行事」を収録)
『怨霊の国』(角川文庫:「靴屋の小人」を収録)
より
現在、「靴屋の小人」は『ホクサイの世界』で、「靴屋の小人」は『役に立つハエ』で読むことができます。
![]() | 果しなき流れの果に 小松 左京 角川春樹事務所 1997-12 by G-Tools |
![]() | ホクサイの世界―小松左京ショートショート全集〈1〉 小松 左京 角川春樹事務所 2003-02 by G-Tools |
![]() | 役に立つハエ―小松左京ショートショート全集〈3〉 小松 左京 角川春樹事務所 2003-06 by G-Tools |
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