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2008年4月の50件の投稿

2008/04/22

『大決戦!超ウルトラ8兄弟』 製作発表会見

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000173-sph-ent

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000002-oric-ent

ダンとアンヌが……。なかなか複雑な思いがします。
でも、『ウルトラセブン』本編以後のアンヌは、ウリンガの母親になったり、息子のダンをピット星人に攫われたりといろいろあったし、ハッピーなパラレルワールドがひとつくらいはあっていいんじゃないかと思う。まさか『ULTRASEVEN X』のラストシーンは、この伏線だったのだろうか?

せっかくそういう設定にするなら、<迫りくる邪悪にふたたびティガとなって立ち向かう決意をしたダイゴ。ダイゴの身を案じて心が揺れるレナ。そんなレナに、アンヌは同じ時を生き力になれるすばらしさを説くのだった。>とか、そういうメロドラマも観てみたい気がする(笑)。

・「運命の再会!ダンとアンヌ 狐がくれた子 より」を収録した『ウルトラマンレオVOL8』

・その後のアンヌが描かれた平成セブンの第1作 『ウルトラセブン 太陽エネルギー作戦』

・『ULTRASEVEN X』の最終話はVOL6収録になるのだろうか・・・・・・?

2008/04/21

『グイン・サーガ外伝10幽霊島の戦士』(栗本薫)感想

ひさしぶりの外伝、とはいえこれはたぶん「グイン・サーガ読本」に掲載されていた分ですね。ぼくは買わなかったのですけど。ストーリーとしては、本編44巻「炎のアルセイス」でシルヴィア姫救出のためゾルーディアに向かったグインのその後を描いています。ヒロイック・ファンタジー的色彩がかなり強く出ています。それにしても、シルヴィア姫がグインにもたらす運命ってどういうものなのでしょうね。売国姫シルヴィア(「七人の魔道師」)というのはいったいどういう意味なのか、グインがいったんケイロニアを見捨てるとはどういうことなのか、いまだ謎が謎を呼んでます。この巻では闇の司祭グラチウスが古代帝国カナンについての今までよりちょっとだけ詳しい情報を漏らしていて興味深いです。(1997/6/29)

『嗤う伊右衛門』(京極夏彦) 感想

題名の通り、京極夏彦版の「四谷怪談」です。どれほど怪奇な世界が展開するのだろうと期待して読みはじめたのですが、これいわゆるふつうの意味の怪談じゃないですよね。むしろ、人間の心に潜む闇について描いた、怪談より怖い物語です。物語冒頭で伊右衛門が蚊帳越しに見ている情景というのがたまらなく怖い。自分の存在が不確かになってしまうかのような、存在論的な怖さなのです。それに、「四谷怪談」というとぼくは鶴屋南北のものしか知らないのですが、京極版のような解釈をしてあるものって他にもあるのでしょうか?奇妙な違和感を感じながら読み進めていくと、たまらなく怖くなっていくのです。いえ、怪奇現象ではなく、人間というものが。人間というのはここまですれ違うことができるものなのでしょうか?あまりにも悲惨な物語展開は、まるで「浅茅ケ宿」のようなラストシーンに至るまで、息をするのも忘れてしまいそうになります。(1997/6/22)

『神隠し』(藤沢周平) 感想

突然時代ものを読みたくなったのである。で、書店の棚を見渡していたところ目にとまった一冊。「神隠し」というと山岸涼子の短編漫画にそういうのがありましたよね。じつに怖い漫画だったです。まあ、そういうものを期待したわけではないのですが、ミステリ色が多少は濃いかなと思って購入いたしました。で、どうだったかというと、きっとぼくはこれらの短編に描かれる人生の悲哀に納得できるようになるには少々若すぎるのかもしれない、と思いました。どうにもやりきれないようなラストが目立つのですよ。「小鶴」という短編がいちばん気に入ったのですけど、これも何だか暗い結末ですよね。同じような展開の山本周五郎の「あの木戸を通って」(という題だったと思う)なんかの方が救いがあって納得できるです、例えそれが現実的ではなくても。ぼくはまだまだアオイのでしょうか?もう少し時間をおいてから再読してみようかと思います。(1997/6/22)

『アクアリウム』(篠田節子)感想

遭難したダイビング仲間の遺体の捜索をその恋人から頼まれて、奥多摩の地底湖に潜った主人公は、そこで不思議な生物と遭遇する。どうやらその場所に閉じ込められたまま独自の進化(いや変異、特殊化か)を遂げた哺乳類であるらしい。うーむ、じつに魅力的な設定ですね。サスペンス・ファンタジーと銘打ってありますけど、どうだろう。ぼくはハードボイルドだと思って楽しんだんだけど。「地球にやさしい」というぼくはあまり好きじゃない文句があるんだけど、この物語を読んでいると、いったい自然て何なんだろうと考えさせられてしまう。人間のあがきなんてじつにちっぽけなものにすぎないですよね。「地球にやさしい」ってのは、どうにも人間中心的なんだな。人間だって地球の一部なんだから、自然と人間を対極のところに位置づけるのはどうかと思う。こういうすばらしい物語を読んで、自分というものの位置を改めて考えてみるのはよいことではないでしょうか。(1997/6/22)

『スナーク狩り』(宮部みゆき)感想

宮部みゆきってこのような作品も書くんだな、とちょっと意外な気がしました。まず、設定がチェイスものであるっていうこと。もうひとつは銃が報復の象徴として選ばれていることです。いつもよりアクション的要素が強いような気がします(もっともこれは1992年の作品ですが)。それにしても、この物語の登場人物たちってみんな何か哀しいですよね。ほんの少しだけ何かが足りない。ふつうの人ならふつうに持っている何か。それを登場人物たちはいろいろな理由で無くしてしまっているのですね。佐倉修治が追いつめたのはきっとその何かです。捕まえることができたのでしょうか?理解することができたのでしょうか?何だかちょっと後味の悪い幕切れだったと思います。(1997/6/15)

『リオノーラの肖像』(ロバート・ゴダード) 感想

第1次世界大戦を背景に、とある貴族の館を舞台にした、複雑怪奇な人間模様の物語。本の帯にゴシック・ミステリーとあるけどちょっとちがう。70歳になった女主人公が当時を振り返りながら娘に自分の人生を語って聞かせるという趣向で、ふつうに言う意味ではミステリ色はそんなに強くないとぼくは思う。むしろ、この人間関係、いや息が詰まってしまいそうなくらいに複雑ですね。殺人事件の犯人なんてどうでもよくて、人間関係の縦糸横糸をどのように解きほぐすかですね。途中でだいたいの筋立てが見えてしまったんだけど、それでも面白い。8月には新刊『碧空の彼方へ』(仮題)が出版されるそうなので、今から楽しみです。(1997/6/15)

『地下鉄(メトロ)に乗って』(浅田次郎) 感想

時の流れにかかわる物語というのは、せつないものが多い。この作品もそうだ。それは、きっと取り返せる筈のないものを取り返そうとする試みだからなんだろう。地下鉄の駅の階段をあがっていくと、そこにあるのは違う時代の街並み。今なら自殺した兄を助けることができるのではないかと急ぐ主人公。電話をかけるともとの時代につながるというのがいい。主人公は母親にどうしたらよいのかと相談する。このシーンでは時というもの自体について深く考えこんでしまった。「過去はいつでもここにある、手には触れられないだけで」そう言った人は誰だったろう?それにしても、電話というのは何となく時間という概念を超えたところで人と人を結びつけているような気がする。この箇所を読んだとき、福島正美の「過去への電話」というフィニイっぽい短編を思い出してしまった。また、パラドクシカルなラストシーンには思わず目頭が熱くなってしまった。時の流れ、それはきっと人々の心の流れそのものなのでしょう。(1997/6/15)

『冬のオペラ』(北村薫)感想

一般の調査などは行わずに、ふだんはアルバイトで生計を立てている名探偵という設定。これ自体はけっこう面白いと思うんだけど、収録されているみっつの事件にその名探偵が必要かというとちょっと疑問です。必要ないということを登場人物であるところの巫(かんなぎ)弓彦本人が自覚しているところがなお厄介かも。ミステリとしてはちょっと平凡でしょうか。いや、最初に読んだ<円紫さんとあたし>の印象が強烈だったので、そう感じるのかも。いちばん不満だったのは記録者としての主人公の女の子がこれらの事件から何を得たのかということが明確じゃないことです。(1997/6/15)

『いざ言問はん都鳥』 (澤木喬) 感想

植物をテーマにしたミステリ、4編の連作短編集でタイトルにはすべて和歌があしらってある。主人公は大学の植物学科で助手を勤めていて、専門は分類学、ヴァイオリンを趣味としてアマチュアのオケに所属しているという設定。テーマになっている植物は何も特別なものではなく、日常でぼくたちも目にしているにちがいないものが多い。一読しての印象はなんだか茫洋とした小説だなあということである。この茫洋としたところが気持ちよい。ただ、日常において何かしら異常な事件が起きてそれを解決していく過程に、何となく納得いかないところもある。ほんとうにそういうことになるのかな?と疑問に思ってしまうのだ。飛躍しすぎる部分があって、しばしばついていけなくなりもした。理系大学の生活風景スケッチとして読んで良。浮世離れしている感はあるけれど、不思議に気持ちよいのです。(1997/6/8)

『月光魔術團vol8神話人種になっちまったい』(平井和正)感想

どうやら、奇数月は『月光魔術團』、偶数月は『地球樹の女神』という出版ペースにするような感じですね。毎月平井作品を読めるというのはまことに極楽であります。さて、第8巻に至ってけっこうテーマが見えてきたかな、と感じています。『梁塵秘抄』もついに本文中に出てきましたしね。『ウルフガイ・シリーズ・犬神明』においてウルフが掴み取った生きていくための指標をやっぱりこの作品も受け継いでいるのですよね。世界が同じなのかどうかはわからないけれど、ウルフのテーマはやっぱり「一をもって貫く」なのだとぼくは思うのですが。(1997/5/31)

『むかし僕が死んだ家』(東野圭吾)感想

昔別れた恋人の記憶を取り戻すために「幻の家」を訪れる、これはきわめてファンタージッシュな設定ですよね。そして『パラレルワールド・ラブストーリー』を読んだ時にも感じたんだけど、このような記憶にまつわる物語は自分というもののアイデンティティを極めて不安にさせるものですね。この不安こそがミステリとしての最大のスパイスになっているのではないでしょうか。それと、変な言い方なんだけど、長編小説を読んだという気はあまりしてなくて、よくできた短編ミステリを読んだような気分なのですよ。決して短いわけではないんだけど。解説で黒川博行さんが触れているように「登場人物は私と沙也加のふたりだけ」の「一幕劇」なのがその原因だと思う。スピーディーで小気味よい秀作です。(1997/5/31)

『詳註版シャーロック・ホームズ全集1』(コナン・ドイル/ベアリング・グールド解説と註/小池滋監訳) 感想

シャーロキアンってすごい。このような仕事を見るとそう思ってしまう。ホームズ物って事件の発生日時とか背景がけっこういいかげんに書いてあるのは周知のことだと思うけど、これがまたファン諸氏にはたまらん所なのかも。ホームズを実在の人物としてしまって現実にあてはめるというけっこう膨大な作業が、この探偵の登場した時から倦むことなく続けられてきたわけだけれど、それもここに極まったか?何しろ、これはホームズ物を事件の発生順に編集した画期的な試みなのですから。第1巻にはプロローグとしてかなり長い論文を掲載。これがまた読ませる。ホームズはすべて読んだという方もこの第1巻だけは読む価値ありだと思うな。世界でいちばん有名な探偵ホームズ、国会議事堂の所在地番は言えなくても彼の住所ベーカー街221Bなら知っているという方も多いのではありませんかな?(1997/5/31)

『グイン・サーガ56野望の序曲』(栗本薫) 感想

グイン・サーガ隔月刊計画はどうやら順調に進んでいるようである。このエピソードってイシュトバーンがゴーラ王になるまで続くんだろうか。いったいグインの本編復帰はいつ?ともかく、前巻の感想でも書いたように、イシュトヴァーンがメインで動いている時は、やたらに元気。ほとんど全編を通して戦闘シーンなんだけど、飽きさせないですよね。(1997/5/31)

『長い長い殺人』(宮部みゆき) 感想

連作短編がひとつの長編を構成している。輪舞形式っていうのか。構成も変わっているけど、もっと変わっているのは各短編の語り手がその主人公の財布であるという点。財布の視点から見た殺人事件っていうのはけっこう面白いぞ。長編としてのつながりよりも、むしろ各短編がとても味があってよかった。特にすばらしかったのは「旧友の財布」です。何だかやりきれない気分になってしまいました。で、小説ながら、この犯人は絶対許せんと思ってしまいました。ぼくにしてはめずらしいことですが。この本はぜひに読むべし。(1997/5/25)

『家族趣味』(乃南アサ) 感想

奇妙な味の短編集。借金してでも宝石を集めることをやめられない女性の悲劇を描いた「魅惑の輝き」、自分の肉体を鍛えることに取り憑かれた男の話「彫刻する人」など5編。どこにでもいるような人々を主人公にしているだけに怖い。読みはじめた時は、そうだよなこんな人いるよなとか笑っているのですが、読み進むにつれて顔がひきつってくるのが分かる。絶品なのは第3編の「忘れ物」。そこに仕掛けられたトリックもよいし、ストーリーもよい。でも、読了してからちょっと粛然としてしまったです。怖いというよりは悲しい物語ですよね、これって。女性読者諸氏の感想やいかに?(1997/5/25)

『犯行現場は党政治局 ホーネッカー調書』(ペーター・プシビルスキー/小阪清行・香月恵理・森田浩子・平田常子訳)

急に硬派な本が出てきて驚かれた方もいらっしゃるでしょうが、日記にも書いたようにこれは訳者のひとりでいらっしゃるぼくの先輩からいただいた本です。内容は、もと東ドイツの共産党独裁体制の腐敗について、社会主義統一党書記長ホーネッカーを中心に暴いていくというものです。これを読んで思うのは、やっぱりマルクス・レーニン主義は人間の自然の感情を撓めたものじゃないかなあ、ということです。機械的にすぎるといった方がいいのか。何事も程度問題なんじゃなかろうか。だいたいにして、利潤を追求することを目的とはしない社会システムを取り入れた国家で、こんな不平等や不正があるようでは暗澹とした気分にならざるを得ませんね。かといってコンピュータに政治をさせるわけにもいかないし。『エレホン』みたいになったら洒落になりませんものね。(1997/5/25)

『石と笛1』(ハンス・ベンマン) 感想

前から欲しい欲しいと思っていたんだけど、ハードカヴァー版の1巻が見つからずそのままになっていたもの。このたびめでたく全巻文庫化の運びとなりました。やれ嬉しいな。それにしても文庫本が900円もするなんて....
まあ、それはさておき、現代ドイツ・ファンタジーの傑作です、本書は。エンデの『モモ』とか好きな方にはぜひおすすめ。主人公「聞き耳」が不思議な力を持つ石を入手し、その謎を求めて旅に出るんだけど、かなりつらい場面なんかもあって辛口。かなり変わった冒険物語であり、途中で知り合った人々から聞かされる形で挿入される話中話も謎解きのヒントになっている。この第一部の完結部分などというのはじつに落涙物です。思春期の青少年にぜひぜひ読んでほしいなあ。『モモ』というより『果てしない物語』の方にテイストは似ているかな。とにかくすばらしい物語です。(1997/5/11)

『バスが来ない』(清水義範)感想

徳間書店から出版されている清水義範の本はすべてレベルが高いなあ。かなり笑える。特にぼくが気に入ったのは「マイルド・ライト・スペシャル」。気に入りの銘柄の煙草が自動販売機に入っていないっていう話なんだけど、みなさん経験あり?ぼくが日常会社で吸っているのは“ピース・ミディアム”なんだけど、まさにこの状態。あれだけ宣伝しておいて、今はキオスクにさえ置いてない。うーん、この話のモデルは“ピース・ミディアム”なのか、それとも“マイルド・セブンFK”か。あと、興味深いのは「ねぶこもち艶笑譚」。清水義範にしてはめずらしく下ネタ風でもあることもだけど、これを読むとどうしても半村良の民話風の話を思いださずにはいられない。「庄内民話考」とか「能登怪異譚」とかね。やっぱりこれは師匠半村良のパスティーシュなのかなあ。初刊本あとがきも笑ってしまったぞ。"「きぼこおたく」は幻妙で客体化された物語である"んだそうだ。(2007/5/11)

姫路菓子博2008に行ってきました

19日の土曜日に姫路菓子博2008に行ってきました。菓子博というのは、およそ4年に一度開催されるんだそうです。開催2日目ということで、かなりの人出でした。午後から行ったのですが、60分待ちとか90分待ちとかで、どれも長蛇の列でした。まあ、それでもいくつかに並んで見てまいりました。惜しむらくは、<工芸菓子 姫路城 白鷺の夢>を見れなかったことでしょうか。たぶん一番人気なのでしょう。いちばん行列がすごかったので、パスしてしまいました。写真は、<お菓子の工場>で見た<チョコレートの火山>です。

200804191_2

「ビックコミック オリジナル」で連載中の、『あんどーなつ 江戸和菓子職人物語』(西ゆうじ/テリー山本) が菓子博の話になっているところです。次回の5/20号(5/4発売だと思うので、実際には2日に発売かな)では、主人公のなっちゃんこと安藤奈津が、姫路に行く話になるのだろうと思います。今から読むのを楽しみにしています。

2008/04/16

『地球樹の女神1真昼の魔女』(平井和正)感想

この作品じつは初読ではない。以前に何巻かは読んでいるのです。そうそう、角川書店で刊行されたところまでね。例の事件が起こって徳間書店で刊行されはじめたところから未読であります。じつにタイミングが悪いというか、その頃ちょうど就職いたしましてなれぬ東京の空の下、貧乏生活にあえいでおったのですよ。大阪に帰還してから買い揃えようかとしたところ平井和正全集刊行がはじまり、だったらこれで揃えようと思ったのが間違い。この全集はどうやら途中までしか刊行されなかったようで。
未読の平井作品は数えるほどしかなくて、これはそのひとつ。
とにかく、「ラスト・ハルマゲドン・ストーリー」でいざなみ、いざなぎ神話にかかわる作品です。泉谷あゆみのコミック版「クリスタル・チャイルド」を並録していくという異例のスタイルをとっておりますが、徳間書店版を加筆修正した決定版だそうですので、持っていらっしゃらない方はぜひ買い揃えましょう。それにしても、平井和正全集をどこかの出版社で出してくれないかなあ。コミックなんかもすべてサポートしてくれるとなお嬉しいのだが。「超犬リープ」とか「デスハンター」とか持ってないもので。(1997.5.5)

ASPECT NOVELSのものも完結しなかった。未だ途中までしか読んでない。縁がないのか。(2008.4.16)

『パプリカ』(筒井康隆)感想

いささか身構えて読みはじめたのだけれど。というのはもちろん筒井康隆が精神分析をテーマにしているからに他ならない。「夢の木坂分岐点」を読んだ時よりも数段緊張しなければならないか、と思っていたのである。ところが、読みはじめるとかなりエンターテイメント性が高いというか、少なくても実験的手法を用いたものではないようなので安心した。かなりの専門用語が使用されているけれど、判りにくいということはまったくない。それよりもPT機器という道具を用いての精神分析がきわめて興味深く描かれている。「美貌のサイコセラピストは男たちの夢にダイヴする<夢探偵>」というのが帯の惹句。はて、ダイヴするなんていう表現、作品中に出てきたかな?まあ、それはともかくパプリカというのは夢探偵を行うときの主人公のコードネームなわけです。カバー絵のポール・デルヴォーがとても洒落ていて、しかも象徴的に見えるのですよ。物語はやがて新型のサイコセラピー機器を巡る争奪戦になっていくんだけれど、これがもう「表の行列なんじゃいな」状態できわめてシュール。極彩色の夢の世界へどうぞ。(1997.5.5)

『洛陽城の栄光』(井沢元彦)感想

「本能寺の変」の真実をテーマにした長編歴史ミステリ(SFといったほうがよいか)。時間犯罪者のせいで本能寺で光秀に殺された筈の信長が生き延びてしまい、その後の歴史に狂いが生じるというストーリーです。少し食い足りない気がします。もっと深くしてもよかったのではと思うのですが、歴史ミステリー初心者なら充分に堪能できるでしょう。ぼくとしては「逆説の日本史」においてこのテーマがどのくらい掘り下げられることになるか、その方に興味がありますね。
信長が生き延びていたら、いずれ天皇を否定し自ら王(この場合はヨーロッパで言うところの)を名乗ったであろうことは色々な方が書いておいでだし、これが光秀謀反の遠因となったという説もあちこちで見かけた記憶がありますが、その集大成といったところです。(1997.4.27)

『五分後の世界』(村上龍)感想

何と耽美な物語なのだろう。五分の時間がずれている別世界の日本、その世界では第二次世界大戦以降の歴史が大きく違っていた、という設定はSFとしてはかなりありふれたものでしょう。しかしながらそこに詰め込まれた価値観といったら、頭を何発も殴られたようなショックを受けてしまいます。日本国民がすべてゲリラ兵士となって地下に構築した都市で戦いを続けている世界、それは戦争の賛美ではけっしてなく、さりとて反戦のためのアンチテーゼでもない。生きることそのものに目的と達成感のある人生。疑いなく美しいその姿に幻惑されてしまいそうである。
昔、ぼくがまだ少年だった頃、小松左京の「地には平和を」を読んでそこに秘められた情念に頭がくらくらとするようなショックを受けたことがあったけれど、それ以来の衝撃ですね。今、ぼくたちが生きている人生にはほんとうの意味での価値とか真実があるのでしょうか?この物語のラストの1行に込められた作者のメッセージは、ぼくたちに何を伝えようとしているのでしょう?おまえの人生にはこのくらいの充実感があるのか?ぼくにはそう聞えてなりません。(1997.4.27)

『図南の翼』(小野不由美)感想

今までけっこう運命に受身の主人公たちばかりだったような気がするのですが、この「十二国記」第五弾では、運命を自ら切り開こうとする少女を描きます。今まで語られなかった、王になるために黄海を越える物語です。前作ではチョイ役で出てきた供王珠晶を主人公にしているので、読者は彼女が麒麟に選ばれることはすでに知っているわけですが、王座に至る道のりが語られる上でそれは少しも不都合ではありませんでした。それより、前作までに登場した運命に不安を持つ少年少女たちより感情移入しやすかったです。まあ、これは読者諸氏の性格にもよるのでしょうが。ぼくは陽子よりこの珠晶の方が今のところ気に入りですね。
そういえば、前作までに登場した人物たちが最新作のチョイ役で元気な姿を見せてくれるというのもシリーズ物の楽しみのひとつですが、今回はかなり嬉しいチョイ役君が出ていました。うん、そうそう彼のことですよ。397ページね。安心いたしました。(1997.4.27)

『風の万里 黎明の空』(小野不由美)感想

第1作の主人公である陽子のその後と慶国の物語。立場の違う少女ふたりに関わる物語を並行して進めながら、国家とは何か?王の立場とは何か?といったことを明確にしようとしている。王であることに自信を持てない陽子は初勅(王としての最初の命令)を何にするか苦しんでいるという設定。この物語の結末部ではそれが示されるのですが、この命令ってどうなんだろう?いや、この世界の人々の立場で考えた場合ですよ。
「十二国記」の世界には変化や進化という概念があるのでしょうか?閉じられた幻想の世界に他の世界にしか存在しない何かをもたらすために陽子のような卵果が存在するのでしょうか?延王や陽子の存在がこの世界にもたらすものについて興味は尽きません。(1997.4.27)

『東の海神 西の滄海』(小野不由美)感想

番外編なのでしょうか?前二作からはかなり時間的に溯った設定になっています。前二作ではきわめて安定した国として描かれている雁国の再興の物語。このシリーズで語られる、選ばれる王と選ぶ麒麟という構図にはかなり興味深いものがありますよね。運命というもので誰かと結びつくことがある。その結びつきは、自分の行動如何で相手の生命にさえかかわることがある。何とシビアなのでしょう。まだ、この世界の全体像とか、現実(?)の世界とのかかわりとかが今ひとつグレーゾーンにあるので、いずれその辺りが読みたいなあ、と思います。(1997.4.27)

『逆説の日本史5 中世動乱編』(井沢元彦)感想

「逆説の日本史」シリーズも早くも5巻目である。ここまでくると、どのような新説が出てくるかではなくて、「言霊(ことだま)」と「怨霊」という作者ふたつのテーマがどのように歴史にかかわってくるのか、ということに興味は絞られてくる。自衛隊と「言霊」のかかわりについての研究が作者にはあるくらいだから、鎌倉時代とこの2大テーマが関係ないわけないのである。今回は特に源氏はなぜ三代しか続かなかったのか、執権政治の本質とは何かといった箇所がとりわけ興味深い。
氏の著作に親しんでいない方のために申しあげておくが、これはぜったいにオカルト的研究書ではない。それどころか、鋭い論理のメスで現代人の虚妄を鋭く抉ってくれる快作なのである。でき得るならば第1巻からの順次購読をお薦めする。(1997.4.13)

『封印再度(Who Inside)』(森博嗣)感想

シリーズ第5巻。この展開からいくとシリーズ完結ということなのだろうか?それとも一段落?ぼくとしては後者であってほしいのですが。どうしても、鍵が封印されている壷の謎よりも主人公ふたりの恋(?)の行方のほうが気になるぼくです。あれほどの名推理を展開する犀川先生が、萌絵ちゃんの仕掛けるほんの小さな謎にはけっして気づかない。「解かれることを望んでいない謎だってある」といったのは誰でしたっけ?その伝でいけば、犀川先生にとって萌絵ちゃんは「解くことを望んでない謎」なのでしょう。かっこをつけて言うならば、前者を男性、後者を女性と入れ替えて、一般化したってこの公式は成立しそうな気がします。その逆が真かどうかは、ぼくは女性ではないからわかりませんが。帯にある京極夏彦氏の「ごちそうさま」の一言が妙にしみじみするのです。この物語最後の一行にはニンマリしたり、ほっとしたりいろいろな反応があることでしょう。(1997.4.13)

『風の海 迷宮の岸』(小野不由美) 感想

「十二国記」の第2話。第1話は王に選ばれた少女の物語でしたが、今度は180度視点を変えて、王を選ぶ宿命を背負った麒麟という神獣に生まれた少年の物語。第1話はかなり読んでいて辛くなるような描写も多かったのですが、こちらはあまり酷な描写もなく、いっそう面白くなっております。物語としてはこちらの方が好みではありますね。何にせよ、この物語を通してのテーマは、自分とはいったい何者なのか、いったい何をするためにこの世に生を受けたのであろうか、ということなのでしょうか?それは、少年少女にとって謎であるだけでなく、大人になってからも充分解明しようとするに値する謎なのだと思います。ただ、大人たちは往々にして探すのをやめてしまうのですね。悲しいことです。
「人生の目的は、人生の目的をさがすことである」誰の言葉か忘れてしまいましたが、至言でありましょう。この物語、夢を忘れかけた大人たちにぜひ読んでいただきたいですね。(2007.4.13)

『月の影 影の海』(小野不由美)感想

あちこちのミステリ・SF系読書ページで話題になっている「十二国記」の第1話である。じつはしばらく前から本屋で探していたのだが、見つけることができずにいたのです。“講談社X文庫WhiteHeart”なのですね。哲学書から少女小説までと豪語していたのは最早遠い昔になってしまったらしい。ここはまったくチェックしてなかったのですから。
WhiteHeartに対するぼくの偏見をこの作品は嬉しい形で裏切ってくれました。中国風の異界を舞台にしたファンタジーなのですが、きらめくように漢字がつかってあるのにまずは感嘆。こういう物語は雰囲気が命ですからね。物語の冒頭は夢枕獏の「キマイラ」へのオマージュでしょうか。とても似た感じを受けました。また、主人公の陽子というごくありふれた名前が異界では変わった名前と認識されてしまうのもよい。やたらカタカナ名前をつけなくてもファンタジーは書けるというすばらしいお手本ですね。(1997.4.5)

秋の花』(北村薫) 感想

人が死なずともミステリは成立する。このことを作者は「空飛ぶ馬」「夜の蝉」で証明した。にもかかわらず、第3作では人が死ぬ。それも高校生の女の子が。長編ミステリは死人がいなくては成立しないのか?いやそんなことはあるまい。何か暗然とした思いでこの作品を読んだのだが、読んでいくうちに疑問は少しずつ氷解していった。この物語で人が死ぬのは必然である、運命といってもいいだろう。この物語のテーマがそれを要求するのである。大学生の主人公にとっては重過ぎるかもしれないそれを。もしかすると、この物語がミステリとしてはいちばん弱いかもしれないが、扱っているテーマの重さは前二作の何倍にもなるだろう。ぼくは今「六の宮の姫君」を読もうかどうか迷っている。(1997.4.5)

『夜の蝉』(北村薫)感想

「空飛ぶ馬」が面白かったので、続けて買ってきた「円紫さんと私」シリーズの第2弾である。期待は裏切られずこれも絶品。第2集の特徴は、主人公自身の私生活にかかわるような物語が前面によりはっきり出てきていることだろう。第1話「朧夜の底」では友人の正ちゃんとの関わりが、第2話「六月の花嫁」ではもうひとりの友人江美ちゃんとの関わりが描かれる。そして、これらは第3話「夜の蝉」で描かれる主人公と姉との微妙な関係を語る上での物語的伏線になってくるわけである。より、主人公の内面へ。そして、二十歳の主人公が「女の子」ではなく「大人の女性」の顔を垣間見せるほんの瞬間。それは宝石のような瞬間であるとぼくは思う。(1997.4.5)

『空飛ぶ馬』(北村薫) 感想

これは面白い。今まで読まずにいて損した気分である。作者の文体からして、軽い学園ミステリだろうと勝手に思い込んでいたのである。大失策。ミステリにはちがいないのだが、むしろ日常に潜む不思議を推理するのを旨としており、その題材の選びかたが何ともよい。主人公には女子大生を据えてあり、探偵役の落語家とのコンビネーションが絶妙である。主人公の興味の方向とその行動パターンは、イメージとしての女子大生からかなり逸脱した(よい方向にですよ)もので、好感が持てる。文学的な趣味もいやみなく高尚で、落語を楽しめるというのも実在しているならお友達になりたいくらいである。探偵役が落語家というのも意表を突いているよね。挿入されている落語で知らないものは幸いなかったけれど、これ読者にもかなりの知力を要求しているでしょう。もちろん落語を知らなくても楽しめる書き方だけれど、噺を聞いたことがある方がぜったい楽しめる。第4編の「赤頭巾」がミステリとしては秀逸。物語としては表題作の「空飛ぶ馬」が絶品。(1997.3.29)

『月光魔術團vol7最強最美の凄い女子高生(こいつら)』(平井和正) 感想

犬神明(メイ)の不死身性は愛する人々に伝染させることができる、これが今回のテーマか?一部でささやかれているようにこの物語がヤング・ウルフガイの世界のその後を描いているのなら、あの不死鳥作戦などという変質的な有色人種排他プロジェクトも多分継続されているのであろう。そうだとしたら、不死身の継承、それも普通人への継承というものはもっとも敵の標的になるところであろう。この物語、いまだ底が知れぬ。全10巻予定ということだが、謎のほんの一部さえ解決していなではないか。いや、それこそが平井和正の面白さなのだけれど。次の巻くらいにはメイの変身シーンが読みたいものです。
近く、あの「地球樹の女神」がASCIIで再刊されるというし、インターネットでは「地球樹の女神コアスト―リー」の連載が始まるという情報もあって楽しみなことである。(1997.3.29)

『家族の肖像』(吉村達也)感想

ミステリというよりは恐怖小説に近い。日常、それも家族というもっとも人間がなれ親しんでいるはずの日常に潜む恐怖。腰巻きには「妻よ、助けてくれ!私は発狂するかもしれぬ」とある。7編の短編から成り立っているのですが、ぼくがいちばん怖かったのは最初の「モナリザの微笑」。美術に疎くて知らないのですが、この短編に出てくるモナリザの解釈というのはどの程度に認知されているものなのでしょう?御存知の方は御一報下さい。7編のほとんどが「家族」というよりは「夫婦」を扱っているのも興味深い。第4編の「踊る少女」なんていうのも傑作ですね。何故か昔の眉村卓の短編に似た味わいがあるなあ、と思いました。
そうそう、この本の初版は珍しい種類の乱丁本です。第5編「ぜったいナイショだよ」と第6編「親戚」が目次では逆になっております。(1997.3.29)

『星の感触』(薄井ゆうじ)感想

友人の小次郎氏のページPの穴御推薦の薄井ゆうじ作品はぼくにとって今回初体験である。
うーむ、何とせつない物語なんだろう。身長2メートル67センチながらいまだ成長をつづける大男と、速記を職業とする主人公の青年の交流を軸にした物語なんだけど、主人公がワープロについて語る思い、文章を書くということについて語る思いがよいなあ。それに、現実の日常性に受け入れてもらえない大男の設定も何だか悲しくなってしまうほどよい。後半からは幻想小説のようになってきて、夢と現実の境がじょじょになくなっていく。その過程がとても自然で、下手なSF小説ではこの味はとても真似できまいと思ってしまう。ラストシーンまでの数ページの緊張感には思わず息をとめてしまった。この物語に出てくるゴヤの巨人の絵を観たいなあ。本屋で画集をさがすとしようか。(1997.3.23)

『わたしにもできる銀行強盗』(ジーン・リューイック) 感想

「なぜ、60歳のわたしが銀行を襲う決意をしたのか」っていう惹句が腰巻きに入っている。主人公は老婦人で、抜きさしならぬ理由から銀行を襲うっていう設定なんだけど、腰巻きにあるように「ユーモア・ミステリー」だとはぼくには思えなかった。確かに冒険に次ぐ冒険のお話なんだけど、同じく老婦人を主人公にしたドロシー・ギルマンの「ミセス・ポリファックス・シリーズ」(通称、おばちゃまシリーズ)なんかに比べると、笑うに笑えない要素がそこここにあって、たまにぼくは黙り込んでしまったです。冒頭から出てくる銀行強盗という発想が後ろ向きなためだろうか?シリーズ化するようなので、評価は次回作以降に見送っておこう。(1997.3.23)

『茶色い部屋の謎』 (清水義範) 感想

単行本未収録の作品を中心に編んだミステリー&ホラー短編集。もちろん作者得意のパスティーシュスタイルである。表題名は言うまでもないことだけどルルーの「黄色い部屋の謎」のパロディ。12編中でいちばんおもしろかったのは、「また盗まれた手紙」で、ポーの「盗まれた手紙」の後日談という大胆極まりない設定をとっている。もとネタが判らないと笑えないかもしれないので、ちょっと通向きでしょうか?つぎに面白かったのは「トンネル」で、これのみホラー作品。夢枕獏の怪奇短編にも似た秀逸な味わいあり。ラストのしめにおなじみ「やっとかめ探偵団」の番外編が入っているのも嬉しい。
「やっとかめ探偵団」未読の方はぜひいっしょに「やっとかめ探偵団」「やっとかめ探偵団危うし」「やっとかめ探偵団と殺人魔」の三冊を購入すべきでしょう。名古屋の駄菓子屋のおばあちゃんの名推理が冴えるユーモア・ミステリです。(1997.3.16)

『マーチ博士の四人の息子』(ブリジット・オベール) 感想

マーチ博士の息子のうち一人が常習的殺人者であることに気づいたメイドの日記と殺人者本人の日記が交互に語られるという異色の構成をとった作品。殺人者の日記と結末部を堀氏が、メイドの日記を藤本氏が担当するという翻訳も異色な方法。分野としては「サイコ」ものに属するんだろうかな。けっこう面白い。ちなみに、訳者の解説によると「マーチ博士の四人の息子」という題名はオルコットの「若草物語」(つまり、「マーチ博士の四人の娘」)のパロディらしい。
読み返してみて思ったんだが、ぼく自身の感想は「けっこう面白い」だけか?(1997.3.16)

『パラレルワールド・ラブストーリー』(東野圭吾) 感想

オープニングがよい。すれ違う電車、その窓越しにしか出会えない女性。うーむ、こういうシチュエーションはとても好きですね。それにしても、こういうミステリとしてもSFとしても、はたまた恋愛小説としても秀逸な作品っていうのは泣いてしまうなあ。物語にはこうあってほしい。
仮想現実を研究している青年が、自分の恋人がじつは親友の恋人ではなかったかという「記憶」を思い出していく過程の描写はせつなすぎるぞ。新書版としてはちょっと高い980円(3月16日現在)だけれど、ぜひ読むべし。
ちょっとだけ不満なことがあるとしたら、麻由子というヒロインの心理描写にもうちょっと深みがあってもよかったんじゃないかと。その分男性読者にとってはとくに、ミステリアスというか謎めいたラストシーンになっているんだけどね。(1997.3.16)

『初ものがたり』 (宮部みゆき) 感想

「本所深川ふしぎ草子」「かまいたち」に続いて時代物の文庫化としては第三弾。季節の食べ物、それも「初もの」を主題に織り成す江戸人情捕物帖の連作短編集。「本所深川」では名脇役を勤めた岡っ引きの茂七親分が主役を張っているのも嬉しい。連作の縦軸になっているのは、何やらいわくのありそうな稲荷寿司屋の屋台の親父との会話で、ここで供される江戸庶民の食べ物の数々がじつにうまそうである。巻頭の作者の言葉に「目に青葉」の句が引いてあったりするのもよいなあ。あまりにうまそうなので、思わず池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」を何冊か読み返してしまったではないか。「本所深川」の解説で池上冬樹氏が「初ものがたり」にふれて「鬼平のパスティーシュを書かせたら面白いだろうなあ、と思わせるほど」と書いておられるけれど、まったくその通り。(1997.3.9)

『怪物がめざめる夜』(小林信彦) 感想

「ミスターJ」という架空の人物を主人公たちはつくりあげ、コラムを担当させる。しかし、その反響が大きくなるにつれて、彼は実在することを望まれはじめる。そこで主人公は神保登という男を見つけてきて「ミスターJ」にしたてあげるのだが、というのがストーリー。かなり怖い。自分が創造した架空の人物がやがて自分自身を歪んだ鏡に写したような実像を持ち、現実の世界を侵食しはじめる。情報という名の化け物が作者を逆に飲み込むのではないかという恐怖。ものを作る方ならば、いっそうその恐怖は身にしみるものとして感じられるだろう。ハードカバーは平成5年刊行であるが、すでにストーカーなどという言葉が出てきていたりするのも興味深い。(1997.3.9)

『6月19日の花嫁』(乃南アサ) 感想

この小説、平成3年刊の文庫化なんですが、こんなに面白いんだからもっと早くに文庫にして欲しかったなあ。などというと読者のわがまま?文庫化までの間隔って2~3年くらいだろうと思っているんだけれど。
結婚式まであと5日の花嫁が記憶を失って見知らぬ場所で目覚めるっていう「お約束」な始まり方ですが、そこからは一味もふた味も違う。主人公の心理描写が細やかで良いなあ。ミステリとしてもすばらしいと思う。
ただ、ひとつだけ文句をつけておきましょう。いえ本編ではなく解説になのですが。解説にいろいろと書きすぎです。まあ、ミステリファンが解説を最初に目に通すとは思いませんが。みなさん、本編から先に読みましょう。(あたりまえか)(1997.2.28)

『グイン・サーガ55・ゴーラの一番長い日』(栗本薫) 感想

時として、いや、かなりしばしば、この物語は「グイン・サーガ」ではなく実は「イシュトヴァーン・サーガ」ではないかと思うことがあるのですが、それはこのような巻を読んだ時です。きっとこの架空三国志のそれぞれの覇者のうちイシュトヴァーンこそがいちばん苦労人だからでしょうか?このように言っては何ですが、いちばん人間的弱さを持ち合わせたキャラクターだからでしょうか?さて、ゴーラ帝国統一成って僭王イシュトヴァーンが誕生するのは第何巻のことになるでしょう?(1997.2.28)

『小説日本婦道記』 (山本周五郎) 感想

日記には読む本がなくてキオスクで買ったみたいなことを書きましたが、山本周五郎はお気に入りの作家です。とりわけ短編小説はその一編一編、感動しないものはないと言っても過言ではないでしょう。でも、変な言い方ですが、山本周五郎が書店の店頭から消えることはまずありませんよね?だからこそ後まわしにしているところがあります。また、年をとっても、きっと今と同じ、いやそれ以上の感動を与えてくれるはずで、その意味でも後まわしです。今は若い頭でないと読めない本を先行させたい、と思います。
この短編集はさまざまな女性の生き方をテーマにしていて、ぼくのお気に入りは末尾の「二十三年」です。頭をがつんと殴られたようなショックのあるそのエンディングは、仮にももの書きを志す者、一度はこんな凄い小説を書いてみたい、と溜め息をつかずにはいられません。そんなに長い小説ではないので、ぜひ立ち読みででも一読をお薦めいたします。(1997.2.28)

『黄昏にマックの店で』 (ロス・トーマス) 感想

実はこの意味ありげな題名からしてハードボイルド寄りの物語だろうと勝手に思い込んでいたのですが、そうではありませんでした。CIAに協力していた父親が急逝し、その回想録を託された息子を巡る物語で、どちらかというとアクションものに属するのか?謎らしい謎は出てこないし、ハードボイルドのように斜めから見上げるような皮肉たっぷりの会話があるわけでもない。ぼくとしては勝手に期待した分肩すかしをくわされたわけですが、これは何も作者のせいではありません。ストーリー展開はスピーディーで、会話も面白い。映画にすると良いだろうな、と思いました。(1997.2.28)

『彼のこと』 (藤堂志津子) 感想

失踪したひとりの男性を、彼に関わったさまざまの女性がインタビューに答える形で回想していくという小説。同じ男性のことを語っているはずなのに、知り合った時期やその深さによってその評価が二転三転するのが興味深い。登場する女性は12名。なるほど、女性というのはこのように男性を見ているものなのですね。彼がどうして失踪したのか、ぼくにはどうにも納得できなかった。うーむ、少し違うな。彼が失踪した理由が納得できるような気がすることに納得がいかないのか。どうも言葉ではよく説明できないことというのもあるようだ。これもちょっと不可思議な小説ですね。(2007.2.15)

『怖い絵』(久世光彦) 感想

怖い絵をテーマにして展開する短編集。昭和20年代を舞台にした私小説風の書き方なんだけれど、読んでいるうちに幻想小説に思えてくるこの妖しさは何なのだろう?「陰獣に追われ追われて」と「誰かサロメを想わざる」がとりわけ気に入る。作者が背景にしている学生時代とぼく自身のそれでは30年ほどの開きがあるわけだけれど、それにもかかわらず不可思議な共感がある。あるいは10代の終わりから20代の初めにかけての一種の暗い熱に浮かされたような記憶は男性共通のものなのか。挿入されている絵ではカバーにもある高島野十郎の「蝋燭」というのが興味深い。「蝋燭劇場」のなかで紹介されている小酒井不木の「死体蝋燭」が妙に生々しいせいでもあるし、その画家が生涯にわたって蝋燭の絵ばかりを執拗に描き続けたというこだわりのせいでもある。一枚の絵画に込められた情念というものは、小説のように頁を費やして語られるものではないだけに、場合によっては深すぎるほど深く見る者の心に刻み込まれるものなのではないだろうか?(1997.2.14)

『一九三四年冬-乱歩』(久世光彦) 感想

「悪霊」の執筆途中に失踪した乱歩の空白の四日間を題材に、乱歩の初期作品のような幻想的な空間が展開する秀作。作中作「梔子姫」が乱歩そのままのイメージでせまってくる。「芋虫」を思い出してしまった。この作家の作品は初めて読んだのだけれど、思わず「怖い絵」という別の文庫本を買ってしまったほど面白い。電車の中吊り広告ではミステリの扱いにはなってなかったけれど、これはミステリよりミステリらしい作品ではなかろうか。乱歩が題材になってなかったら、この作家の作品に触れる機会はなかったのだろうか?そう考えるとちょっと怖い。「読み残した本を悔やんで死ぬのも残念だが、死んでしまったら、これから先書かれる傑作が読めないというのがもっと悔しい。人間の知恵が進めば、その分探偵小説は面白くなる。乱歩は百年生きて、百年読み暮らしたいと思う」というのはこの小説のワンシーンであるが、読み残した面白い小説は、まだまだぼくにとって書庫の大部分を占めているのであろう。彷徨に終わりはない。(1997.2.8)

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