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2008年11月の114件の投稿

2008/11/30

『突然の災禍』 (ロバート・B・パーカー) 感想

二作連続でスーザンがらみの災難ですね……。今度はもっと深刻というか、どうして今ごろスーザンの前夫が出てくるんだろう?しかも、例によってスーザンの希望していることときたら無茶苦茶というか何というか。まあ、以前スペンサーとスーザンがしばらく別れていたようには深刻化しないのはわかるのでよいのだけれど、今になって作者がスーザンの内面的問題を解決しようとしたのはいったいどうしてだろう?スーザンという女性、精神科医なのに自分のこととなるとまったく分析できてないのだよね。スペンサーでないととてもではないけれど扱い切れないかも(笑)。まあ、雨降って地固まるというところか。この前夫氏には二度と作中で会わないことを期待しますよ。(2001.01.14)

『悪党』 (ロバート・B・パーカー) 感想

やりかたとしては少々アンフェアなような気もする。スーザンが養子をふたりで育てたいとスペンサーに希望するのとほぼ同タイミングでスペンサーが重傷を負うというのはちょっといただけない。そういうことではなくて、ふたりにはふたりなりの結論を出して欲しかった。スーザンというのは、なんというか何でもやってみないと納得できないというタイプの女性なのだろう。年齢を重ねてもそのことに変わりはない。じゅうぶんに思慮深く経験も豊富なのに時として子供のようにも思える。対してスペンサーはあらかじめ何かが判っているという男だ。困ったことにこのタイプの男は自分に判っていることをうまく女性に伝達することができない。スペンサーの怪我がなかったら、ふたりはいったいどうしたのだろうか?(2001.01.14)

『ライオンハート』 (恩田陸) 感想

作者本人があとがきで「SFメロドラマ」と書いている。うれしいねえ。これでもミステリに分類されていたらぼくは怒るよ(笑)。時間SFとしての出来はSF読みにしてみるといまひとつひねりが欲しいような気もしますが……。テイストとしては梶尾真治を読んでいるような気になりました。各編の題名は絵画に由来しているのですね。なるほど、絵画というのは時を生きたままに留めておく良質な方法ですからね。
「エアハート嬢の到着」不可思議な心踊る幕開け。ヒロインがいきなり……なのもさすがに時間テーマというべきか?
「春」これがいちばん時間SFしているか?美しいなんとも切ない話。人生のうち一瞬だけ出会うために生きている男女という設定はすばらしい。
「記憶」時を超える物語を収斂させるには偶然を装うしかないか?いや、ほんとうに<今>運命とやらをふたりは手に入れることができたのか?(2001.01.14)

『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』 (宇江佐真理) 感想

いいですねえ。どうもこのシリーズ文庫化されているのはこれだけみたいで、思わずハードカヴァーの奥付を本屋で確認して次がいつ文庫化しそうか計算してしまう。
同心の不破の手先を商売のかたわらにつとめる髪結いの伊三次と、深川芸者のお文の濃い模様をおりまぜながらの捕物帖。<余話>であるのは、伊三次が捕物をするわけではないからかな?とにかく、なんというかどの話も艶めいていてよいですね。
「幻の声」表題作。女性心理かくも不可解なり。男などには解せぬものなり。
「赤い闇」何を信じるかというのはとても難しい。人はときに信じたいことを信じるのだろう……。だとすれば、信じたくないことは信じない、そういうことか?
「星の降る夜」どうも、登場人物のだれにとっても辛い話ではある。とりわけ不破の妻のいなみの身の上話などは……。九両三分二朱か……。それでも人の世は捨てたものでもあるまいよ。(2001.01.14)

『グイン・サーガ76 魔の聖域』 (栗本薫) 感想

巻頭のカラーイラストに度肝を抜かれる。ぬはははははは。ウマと馬とは似て非なる生物なんだっけ?だとすると馬頭でなくウマ頭か?とか、「南方に住むときくエルハン」ってのは、象なのね、とか。いやいや、豹とか竜ならまだしも、これは無気味だ。笑うようなシーンでないことはわかっておるのだが……。
物語は混迷の度合いを増してまいりましたね、この巻のラストシーンの意味するところは、いったい……起こるべきことが起こったにしてはあっけない描写だから、そうではないと思うのですがね???(2001.01.08)

『江戸の子守唄 御宿かわせみ(二)』 (平岩弓枝) 感想

「江戸の子守唄」うーむ、はやくも子供のことが話題になっている……しかし、このシリーズのラインナップを見る限り東吾とるいに子供ができるのは、まだまだ先のはず、どのような紆余曲折があるのか?
「迷子石」身にしみる話です。やりきれんなあ、こういうの。狂気と正気の境は、じつに身近にあるのでしょう。
「七夕の客」これもまた、やりきれない。毎年、七夕の夜にきまって宿を予約する色恋とも思えない男女というのが、なぞめいておりますね。(2001.01.08)

『御宿かわせみ』 (平岩弓枝) 感想

あまりにも有名な捕物帳ですが、今までとびとびにしか読んだことがありませんでした。またシリーズものを、少しずつ読んでいく楽しみがもてますね。かわせみの女主人るいと東吾の恋の行方についても気になるところです。
「初春の客」うーむ、いきなりこういう話だっていうことに意表を突かれたというか、もっとストレートな捕物なんだと思っていました。
「秋の蛍」このあたりまでくると、登場人物たちの立場も飲みこめて、安心して読めますね。しかも大岡裁き……とはいわないか。よいですねえ。
「倉の中」と思ったら、これはシビアです。硬軟とりまぜてあって飽きないですね。(2001.01.08)

『雨の山吹』 (山本周五郎) 感想

周五郎って一冊読むと、もう一冊続けて読みたくなりますよね。というわけで、これ。
「喧嘩主従」武家物ですね。そこはかとないユーモア。こういう上司だと仕えがいもあるというものだが……。また、この主であるからこそ従が生きるというもの……ふう。なかなかこうはいきますまい。
「山茶花帖」武家の夫婦を描いた作品も周五郎には多いと記憶している。これがけっこう好きなのであるよ。男はかくの如く剛直でないとね。
「雨の山吹」表題作。この味わいってのはもう少し年をとらねばほんとうのところはわからないのだろうか?悲哀の種類がぼくにはきっと頭でしか判ってないのだね。(2001.01.08)

『柳橋物語・むかしも今も』 (山本周五郎) 感想

「柳橋物語」ふと答えてしまった若さゆえの言葉に翻弄される女性の運命……これ、最近TVドラマでやっておったのですか?見てないけど。どうりで本屋に山のように積んであるわけだ。しかし、これ、今までぼくが読んだことのある周五郎作品と比べるとかなり物語としてハードなつくりになっておりますね。とりわけラストシーンは清清しくはあるけれど、やはりきつい。若い女の子なんかは、もしかするとこういうのを笑いますかね?いい話なんだが……。
「むかしも今も」このほうが、周五郎作品らしいですね。まあ、けっきょくは同じことの裏と表を言っているのですけど。苦労を重ねた登場人物には、できれば幸せになってほしいもんです。(2001.01.08)

『上と外 3 神々と死者の迷宮(上)』 (恩田陸) 感想

うーん、こういう出し方をするなら、(上)はないでしょう、(上)は……。ちゃんとサブタイトルに凝って欲しかったなあ、なんていうのはわがままか。とにかく、これにて主人公たちは不可思議な世界についに足を踏み入れたわけですね。しかし、これ、いったい革命とどうかかわってくるのか?どう、収拾させるのかが楽しみですね。 (2001.01.08)

『ロボットの夜 異形コレクション』 (井上雅彦編) 感想

さすがに、テーマがテーマだとSFっぽくなってうれしいですね。
「自立する者たち」(斎藤肇)に出てくるニニンバオというのはネーミングセンスがよいですねえ。そういえば、腕のよい職人さんの手の動きをロボットアームにシュミレートさせて品質向上を目指すというのは、実際にありましたね。
「保が還ってきた」(菊地秀行)往々にして、ロボットは過去の人間の似姿です。だがしかし、何のために……と考えると、狂気の一歩手前まで至ったことになるのでしょう。
「サバントとボク」(眉村卓)立場の逆転というサブテーマもロボットを語る上で欠かせませんね。哀切にして秀逸。古き良きSFです。
「LE389の任務」(岡本賢一)ハードなSF短編。すばらしい。ロボットとの心の交流ってのはよい。しかも、この場合は敵味方にはじまるわけですし。
「錠前屋」(高野史緒)こういうのは、どういえばよいのだろう。なるほど錠前屋ね。うーむ。
もう少し、人形というかオートマータっぽい話が多いほうがこのコレクションとしてはふさわしいような気もいたしました。(2000.11.20)

『腐りゆく天使』 (夢枕獏) 感想

教会の香部屋になぜか浮かんだ一体の天使……それは神父にしか見ることができない幻影なのか?なんだか凄惨なイメージの作品だなあ、と思って帯をながめておりました。しかも、登場人物にはあの荻原朔太郎がいるらしい。そして、冒頭の一文「この七年間もの間、わたしが考えつづけていたのは、いったい、誰がわたしをここに埋めたのかということだ」を目にしてぶっとんでしまった。これは「頭の中の湿った土」ではないか?
同じ物語なのか、そうではないのか?朔太郎、神父、腐っていく天使、そして頭の中の湿った土……。もはや頁を繰る手ももどかしいのである。ああ、何と病的で、何と美しくて、何と切ない物語なのでしょう?こんな物語があってよいのでしょうか?読んでいる最中にいったい何度胸苦しい思いにみまわれたかわかりません。はじめ、あまやかな腐臭をはなっていた天使がだんだんとほんとうの腐乱した何かに変化していく。それは、あたかも天上に属すると自らを欺いてきた愛情がじつは世俗のものにすぎないと見せつけられるようなものではありませんか?心はどこに向かいますか?そして肉体はどこに向かいますか?詩の中にあるのは、そして残るのは何ですか?(2000.11.20)

『迷宮遡行』 (貫井徳郎) 感想

『烙印』の改作だということですが、未読でしたので、その比較はできません。失踪した妻を捜すうちにだんだんと知らなかった妻の姿にいきあたる、というのは、どこかで聞いたような筋ではある。ということは、妻の失踪の理由の意外性というのに物語はかかっているわけですが……。この主人公、なんというか、どうしてこんなに世間知らずなんです?どうも納得しがたい人物なのだよね。面白いキャラクタではあるのだが、ある意味無理がないかと思う次第。しかも、行動がキャラクタを裏切っているというか……。それとも、命より大事にしていた妻を失った男ってのは、こんなふうに無茶な行動をするものなんでしょうか?うーむ、話そのものは面白いのだがなあ。(2000.11.20)

『嗅覚異常』 (北川歩実) 感想

匂いがわかっているはずなのにそれを意識できない。北川氏得意の最先端科学ミステリです。うーむ、これは中編にはどうかな、と思いました。やはり氏の持ち味は重厚にデータを重ねて目眩ましをはるところにあるわけで、ぼくなどはその物語的に解析されたデータの山を嬉々としてだまされるために読んでいるわけです。ちょっとこれでは物足りない、と思われませんか?いつだったか、どの作品かの感想でつめこみすぎるみたいなことを書いたような記憶があるのですが、ここに撤回します。読者なんてのはかくも勝手なものですね(笑)。(2000.11.20)

『puzzle』 (恩田陸) 感想

400円文庫のなかでもテーマ競作ってのがありまして、本作もそのひとつ。テーマは<無人島>。そして、これは関根ファミリーもの(というジャンルづけをしてしまってよいのか?)のひとつでもあるという贅沢さです。無人島で同日に不可解な死を遂げた複数の人物に共通していたのは……ということで、物語冒頭、これがどういうふうにつながるの、ってな無秩序な断片の数々。うーむ、本格ミステリですね。<さまよえるオランダ人>、<2001年宇宙の旅>、<昭和改元>、そしてなぜか料理のレシピ……。面白い、面白すぎますね。とりわけ昭和改元の記事なんかは、ぼくとしては眉村卓の「名残の雪」なんかを思い出すわけで。中編にここまでやっていいの、というほどの贅沢さを堪能させていただきました。(2000.11.20)

『やっとかめ探偵団とゴミ袋の死体』 (清水義範) 感想

祥伝社の400円文庫。文庫15周年の特別書下ろしということで、一気に魅力的な題名が書店の本棚に並びましたね。あれほどの冊数なのに、最初にこれを手にとるところが、いかにもぼくらしい読書といえましょう。待望のやっとかめ探偵団シリーズですもんね。しかし、ああ面白かったと読了して妙に損した気分になるのはどうしてだろう????やはり本読みとしては、もうちょっとボリュームがあったほうがよいのだよね。せめて上下の余白は何とかしてほしい(泣)。
それはともあれ、名古屋の仲良しおばあちゃんたちの<やっとかめ探偵団>は健在です。ついにインターネットまで導入なのですね。うーむ、時代だ(笑)。例の東京弁の刑事さんの活躍がちょっと少なかったのが、不満といえば不満なのですが……(2000.11.20)

『天国までの百マイル』 (浅田次郎) 感想

白状します。誤解しておりました。ハードカヴァーが出たときに書店で手にとってなぜかマラソンの話なのだと思いこんでしまっていたのです。マラソン苦手なんだよな……。
まあ、それはさておき、そういう話ではありません。バブル崩壊で職も家族も失ったひとりの男が、心臓病を患う母を車に乗せて、手術してくれる病院までつっぱしるという話です。泣けます。いやほんとに泣けます。男がそういうことをしようと決心するまでにいたるきめこまかな心の動き……。この男けっして善人とはいえないわけで、でも平均的に人間ってこんなふうかな、とも思います。忘れていた何かを思い出させてくれるような、かなり切ない奇跡の物語です。(2000.11.20)

『グイン・サーガ75 大導師アグリッパ』 (栗本薫) 感想

これ、感想を書くとシリーズ的ネタばらしになってしまう……。当初予定の4分の3という偉業的巻数ではありますが、ここでそこまで言ってしまってよいの?とちょっとばかり不安になってしまいます。
ついにイシュトヴァーン-ヨナをつなぐ線が動きだしたのも気になるところではありますが、はたしてあと25巻でほのめかされているストーリーすべてはいるのか?ってもはやだれもそんなことにはこだわってはおりますまい。何巻だろうとつきあいますぜ。(2000.11.20)

『おばちゃまはシリア・スパイ』 (ドロシー・ギルマン) 感想

おひさしぶりの<ミセス・ポリファックス・シリーズ>、やはり面白いですね。こういうストーリーを創っても、てらいないっていうのがアメリカという国の素敵な部分だと思います。これ、もしも日本人だったなら嘘くさくなりませんか?ぼくの考えすぎでしょうか?失踪した名もなきひとりの女性を救うために、これだけの組織が動くというのはすごいことだと思うのですが……。また、そのために選ばれるエージェントがおばちゃまだっていうところがまたすごいですね。(2000.11.20)

『上と外2 緑の底』 (恩田陸) 感想

前巻の日常的風景-まあ、あんまり日常的な家族だとはいえないというご意見もあるでしょうが-とはうってかわった非日常空間ですね。こういう極限状況下に置かれるのは、たいていヒーローとヒロインの宿命ではありますが、このふたり兄妹なのですよね。うーむ、ロマンスな展開は期待できないのか、それともあの家族関係は意味ありげな伏線なのか、気になるところです。次の巻ではさらなる非日常空間へと物語は展開していく模様で目が離せません(2000.11.20)

『上と外1 素晴らしき休日』 (恩田陸) 感想

全5巻、隔月刊行というのはやはり『グリーン・マイル』を意識しているのかな。続きがいつ出るのかがわかっているというのは、面白い。『グリーン・マイル』が出たときにも、続きがどうなるのだろうとくやしい思いをしながら次巻を待つのが「正しい」読み方みたいな評がネットには溢れていましたね?まあ、そんなこともございますまい。「正しい」本の読み方なんてあるもんじゃございません。刊行タイミングごとに読もうが、まとまってから読もうが、それは個々人の自由ってものでしょう?そのようなことを言うのなら、書き下ろし作品以外はすべて雑誌連載を追うことになってしまいます。
まあ、とはいえ、いい始まり方ですねえ。でもって、あそこで切るか?っていうような絶妙のタイミング……。「正しい」かどうかはともかくとして、やはり刊行を追いたいき分にさせるところは流石です。(2000.11.20)

『麦の海に沈む果実』 (恩田陸) 感想

あの『三月は深き紅の淵を』の続編。まあ、続編というよりは、その一部と世界を共有しているといったほうが正確ですかね。全寮制の学校という閉鎖された空間は、やはり物語世界として魅力的といってよいでしょう。「これは、私が古い革のトランクを取り戻すまでの物語である」という書き出しも、なにやら耽美で好みです。
物語的には前作よりミステリに傾いているのですが、うーむ、どうなのでしょう?謎を追うことよりもやはり「世界」に酔いながら楽しみたい作品だと思います。道具立てのひとつひとつ、また登場人物のひとりひとりが、妖しい世界を構成する見事な要素になっていると思いました。(2000.11.20)

『家族の名誉』 (ロバート・B・パーカー) 感想

サニー・ランドル・シリーズ第1弾。女性が主人公だからという理由であろうか?訳者はいつもの菊池光ではない。翻訳ものの場合、訳者で読んでいるところがぼくにはあって、同じ作者の作品であっても訳者が違うと全然だめということもある。いささか身構えて読んだのであるが、ぜんぜんOK。パーカー節が見事に伝わってくる。
しかし、男性が主人公であれば気にならないことのあれこれが、やはり気になるというのはどういうことか?たぶん、スペンサーが同じ行動をとればぼくは素直に納得できるにちがいないのに。サニーの行動のいくつかの点については、女性の読者にどのように感じるかやはり確認してみたい気がする。今回は何というか危ういバランスの上に物語が成立しているような気がしてならないのだ。しかも内容的にはどうも『初秋』とだぶるような気もするし……。サニーが男性読者にとって今後、都合のよい女性にならないように、ぼくとしては切に望むところである。(2000.10.15)

『帰還 異形コレクション』 (井上雅彦編) 感想

廣済堂の撤退によるシリーズ中断から7か月。ついに復活のアンソロジーであるが、そのテーマが「帰還」とはできすぎである。廣済堂文庫での既刊分がいつまで供給されるのか気になるところではあるが、まずは復活おめでとうというところ。
「リターンマッチ」(山下定)は、ボクシングテーマ。はて映画にも帰ってくるボクサーの話がなかったか?もしかすると拳の向こうはほんとうにあの世なのかもと興味深い。
「赤い実たどって」(篠田真由美)オーソドックスだけど怖い。妙に印象深かった。誰にも思い出したくない昨日のようなものないだろうか?
「深い穴」(中井紀夫)なんだか奇妙なまでにシュールだ。ぜんぜん関係ないのに筒井康隆の「ふたりの印度人」を思い出した。秀逸。
「母の行方」(飯野文彦)こういうのは何と言ったらよいのか?地獄というのは案外に身近にあるものだと思わざるを得ない。(2000.10.15)

『狂骨の夢-文庫版』 (京極夏彦) 感想

読了済みの作品を文庫で読みなおすなどというのは異例のことである。しかし、400枚加筆ということは、ふつうに言うところの長編なみの分量が追加されているわけで、それだけの価値もあるのかも知れない。この作品、ノベルズ版ではシリーズとしては薄いほうだったのだが……。
妙な言い方だが、この段階では作家関口がまだ健在であり、ぼくとしてはシリーズのうちここまでがわりと感情移入しやすいのである。とりわけ、精神分析をテーマにしているあたりがとても好みである。それは、最近濫発されているサイコサスペンスのほとんどが同工異曲であり、読んでみるとうんざりするのとは比べものにならない。この物語に登場する人々のその後をすでに読み知っていてもなお、いや知っているからこそ深い感慨があるというのは、それだけ物語が深いということである。
佳作の条件は再読に耐えることだとあちこちに言いもし、書きもしているが、ミステリの多くはその性質上これを満たさない。しかし、やはりこうした作品にこそ数多く出会いたいものである。(2000.10.15)

『魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge』 (森博嗣) 感想

Vシリーズ第5弾。シリーズ全体の意図はあいかわらずぼくにはさっぱり判らない。人間関係は進展もせず後退もせず。
航空ショー演技中のコクピットないでの殺人という本作の引用に、テグジュペリの『人間の大地』が引いてあってなるほどとも思うし、ひねているなあとも思う……。いずれにせよストレートとはいえないであろう。プロローグで保呂草が行う形の美しさについての定義にも心魅かれる。美しさが何かの理由になるのだとはついぞ考えたことがなかった。読了後にも、なお、美しさとはある種の結論にすぎないという思いはそのままである。このシリーズなかなかに感情移入できないままにいたのだが、やっとなれてきたのだと思う。読者であるぼくが?それとも作者が?シンプルにそしてストレートに練無の感情が表現されているところもよいと思った。(2000.10.15)

『黒塚』 (夢枕獏) 感想

不死者の物語というのには、多かれ少なかれ悲哀と淫靡の色が必須なのだと心のどこかで信じていた。『吸血鬼ドラキュラ』、『ポーの一族』、『夜明けのバンパイア』。質的な差さえあれ、それらはいずれも奇妙な美によって成り立つ物語である。
さて、それではこの『黒塚』はどうか?ぼくには何故かその不死者の物語に必須だと思っていた悲哀の色が薄いと感じられた。もちろん、永遠を生きる女との約束という通常の時間を超えるテーマがあることでこれもまた不死者の物語にはちがいないのだが……。そして、物語終焉近くで明かされる血の由来こそ、その悲哀のおおもとにはちがいないのだが……。それでも薄いと感じるのはこの物語の主人公であるクロウが迷ってはいないからであろう。疑問には思えど迷いはしないと言ったほうがよいか?約束こそがすべてだと信じる強さのもとでは、永遠に近い時の流れなど何するほどのものがないことなのか?人が手にするには、永遠とは長すぎる時間だと思うのだが……。アクション的要素の濃い後半よりも、あの「頭の中の湿った土」にも通じそうな二幕あたりがぼくとしては好みである。 (2000.10.15)

『暗黒神ダゴン』 (フレッド・チャペル) 感想

めずらしく、ぜんぜん乗れず。なんか生臭くて気持ち悪いところはさすがダゴンをテーマにした物語とは思うものの、これもけっきょくは生理的不快感の物語ではなかろうか?どうもクトルフ神話の根源的何かへの恐怖という感じを持てないのだよね。ダゴンの恐怖はやはり底知れぬ深淵への恐怖であってほしいと思うのだが……。

ふんぐるい・むぐるうなうる・くとるふ・る・るいえ・うがなぐる・ふたぐん!!

それと、どうも文章になじめませんでした。どうもしばしば視点が混乱したような感じになったりするのですね……。これも効果を狙ってのことなのでしょうか?(2000.09.03)

『創竜伝12 竜王風雲録』(田中芳樹) 感想

前巻は97年の12月か……。この調子では次の巻の21世紀初頭というのは2001年1月のことではないようだね(笑)。ともかく、正編の続きがはじまったことはめでたいのですが、現代編は最後のほんの数ページのみ。うーむ、やはり、昔の名将をたたえるよりも現代の無能な政治家を思いきりパロってほしいと思うのは、ぼくも性格がよくないからでしょうか?それとも続の毒舌をこころゆくまで読みたいと思うのはマゾ気があるのか(笑)。ファンタジーとしてはこの過去の中国を舞台にしたものもとても面白いのですが、どうしてもそれだとファンタジーとしてだけ読んでしまうのですね。過去に学ばない人間の典型ですか(笑)?とにかく、次には舞台も現代に戻るようだし、おおいに期待したいところです。(2000.09.03)

『グイン・サーガ74 試練のルノリア』 (栗本薫) 感想

<ドールに追われる男>も豹頭王に接するときと他の人間に対する時ではずいぶんと態度がちがうものですね。それにしても、やはりキーとなる場所はルードの森ですか?考えようによってはノスフェラスよりもよほど剣呑で妖しい場所なのかもしれません。
まあ、それはさておき、ナリスの運命はここにやはりこういうふうに表現されてしまうのですね?うーむ、王たる資格とは何なのか、考え込んでしまいます。(2000.09.03)

『尾張春風伝』 (清水義範) 感想

徳川吉宗に逆らった男、徳川宗春。なかなかに面白い。軽妙にして洒脱、野暮はいっさい抜きというところが痛快である。
吉宗というのはどのような時代劇に出てきてもたいていはよい役どころである。徳川中興の祖ということで、悪くは書かれない。例外としてすぐに思い出せるのは、『乾いて候』くらいか……。まあ、それはさておき、武と質素倹約を基礎にした政策に対する反発は当然あったのだろうが、享保の改革はあからさまに失敗とはされていない。それを吉宗-宗春という同時代の政治家の手法を対比させることで否定してみせるところなどとても興味深かった。なにしろ、吉宗と同じような経緯でこちらは尾張藩主の座についた宗春であるが、やることなすこと奇抜である。本人はよくてもこれでは家来はたまったものではないだろう。しかし、このたまったものではないところが民衆には受ける。まるで吉宗とは水と油である。このふたりが協力しあっていたら、さぞや面白かろうにと思うのだが、そのようなことの通る時代でもあるまい。
作者が清水義範だから、『金鯱の夢』のようなパロディ日本史で、名古屋びいきに書いてあるのであろうから、そこのところは差し引こうと考えていたのだが(笑)そんなことをする必要もない本格的な時代ものに仕上がっていて、おおいに楽しめる。(2000.09.03)

『月のしずく』 (浅田次郎) 感想

偉そうな言い方になってしまうけれど、下手な作家がこういう話を書くとべたべたしていてとても読めたもんじゃなくなるだろうなあ、というのばかりです。それをこう、淡々とというか、甘さは行間からだけにじみ出るようにというか、やられると、やっぱり参ってしまう。素直に泪しながら読んでよし。すなわち、電車の中で頁をめくるのには向いていません。
「月のしずく」世界の違う男女がささいな偶然でふれあうという物語は古今東西掃いて捨てるほどある。そして偏見かもしれないが、たいてい、どちらかがどちらかの世界を捨てることで解決をはかっている。でも、この物語はそうではないと思う。まったく違った世界にも、何か通い合うところがあって然るべきだと言われているように感じる。
「聖夜の肖像」この作品集のなかでいちばん好きである。四十代はじめの登場人物たちに、まだこのような迷いがあるところがうれしい。うつくしい夫婦だと思った。
「花や今宵」現実の世界ではこのようなこと、起こり得ないのではないか?起こったとしてももっと生生しいものになってしまう。夢のように異界に身を投じてみてもよい。すべてを花のせいにして。(2000.09.03)

『占い師はお昼寝中』 (倉知淳) 感想

狐につままれたような感じのする題名ですね。しかも帯に「霊感が無くても、お客さんの悩みは解消できるのです」なんて書いてある。うーむ、いんちき占い師を探偵役に据えた一種のアームチェア・デテクティブものですが……。
「三度狐」これで占い師こと辰寅叔父さんの人間性が確認できまずは安心。路線としてはこういうものなのだね。中身は霊的現象とはこれっぽっちも関係なし。もしかしなくても、このシリーズ中では、本物の霊的現象に遭遇することなど金輪際ないでしょう。
「水溶霊」これはちょっといただけないかも。しかし、こういう解決方法しかないよなあ。そうとも。探偵は神様じゃないのだ。
「ゆきだるまロンド」こういう話だとちょっとほっとします。まあ、どうでもよいけれど、このシリーズの登場人物って皆信じやすい人々ばかりなのだねえ。そこを違和感なく書いているのは作者の筆の力なんだろうな。(2000.09.03)

『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』 (貫井徳郎) 感想

貫井氏の短編集とはめずらしいと思って本の最後を見たら自註解説というのがあった。なるほど、初めての短編集ということらしい。人生のある側面を切り取ってみせる著者のたしかな視点にはいつも関心するところなので、短編というスタイルでそれをどのようにさばいているのか興味を持って読んだ。
「崩れる」時に狂気のきっかけはほんのささいなこと。日常のささいな歪みの積み重ねが狂気を生む。しかし、それは、別の世界への扉になっているかもしれないではないか?
「追われる」この話に出てくる男をストーカーのようなものにしてしまったのは何だろう?中途半端なやさしさなどというものは本来は必要ないものだ。しかし、ビジネスライクに徹し切れない職業というのはあるものなのかもしれない。
「誘われる」公園デビューというのも、ぼくにはよくわからない社会現象のひとつだ。ある種の閉じた人間関係を人がときに切望するのはたしかだが……。ほんとうに、何かに属さねば生きていけぬものだろうか?少なくても無理に属そうとする必要はないように思うのだが……。(2000.09.03)

『あやし -怪- 』 (宮部みゆき) 感想

ミステリと怪奇ものの最大の差は、後者は必ずしも謎解きを必要としないということである。とにかく、事象を語るだけで怖い……といってしまうと、前者より書くのが簡単なように聞こえてしまうか?……いや、そうではなく、謎を解かずに読む者に何かを感じさせるほうが、もしかするとよりずっと難しいのかもしれない、などとぼくは思うのだが……。
「居眠り心中」どうしてこのようなことが起こったのか、銀次にはきっと一生わからないであろう。それでよいのである。得心のいく説明は何ひとつないままに語り終えられるこの話、でもなにか納得いくでしょう?「銀次は居眠りしない」「一人前の男になって」……うーむ、深い。
「梅の雨降る」哀しい話ですね。これなど、現代でも起こりそうな話に思えて、いっそう怖い。やはり鬼のようなものはいるのかもしれない……。
「安達家の鬼」そう思っていたら、この編では<いる>と断言されてしまったような気分。はてさて、しかし、これもいったい何者なのか?「人として生きてみて、初めて”鬼”が見える」のであれば、やはり鬼は人の一部なのでしょうか?
「蜆塚」何度もあちこちで書いたけど、異形のものよりもこういうのがぼくは苦手というか怖いのである。しかも、この編の連中は「何も悪さをするわけじゃない」からぼくはよけいに怖く感じてしまう。異形と通い合わないのは仕方ないとして、人の形をしたものとたとえば悪意にせよ通わないとなると……。
(2000.08.27)

『デモン・シード[完全版]』 (ディーン・クーンツ) 感想

そうか、この話って原作はクーンツだったのか。昔、映画で見た記憶があるんだが、なんか背中が寒くなってくるような作品ですね。狂ったコンピュータの狂った所業、こんなことが近い未来に起こるとするといやですね。『虚無回廊』のAEのアンチテーゼだなあ。徹頭徹尾コンピュータの視点から描いたひとりよがりの独白ってのもすごいけど、なんでまたこの機械は自分自信の肉体が欲しいだなんて思うようになったのだろうかね?謎だ。所詮、いかにすぐれたコンピュータといえど人間がつくったものなのだから人間自身の歪みが混入してしまうということでしょうかね?だとすると人間的知性の将来性ってのは真っ暗ということにもなりかねないのだが……。もうひとつ言えば、当然のことながら、この人工知能の感じている何かの感情は、少なくても恋などというものでないことは確かですね。自分にないものをうらやむ感情、それはただの妬みなのだよ。(2000.07.27)

『人事部長極秘ファイル2 重役追放』 (かんべむさし) 感想

前巻がわりと面白かったので購入したのだが、うーむ、こういうちょいと陰湿なのはぼくには合わないよ。前巻はエピソードのそれぞれが独立していたのだけれど、今回はかなり絡まりあっていて、しかも表題のような方向に話がいくわけで、ちょいと読んでいていやあな気分。ラストで爽快感があったかというと、ちょっと何だかやりきれない気分だったしね。(2000.07.27)

『グイン・サーガ73 地上最大の魔道師』 (栗本薫) 感想

うーむ、妙な方向に話が流れておりますね。これは、どう転んでもパロという国じたいがまずいのでは……。いくらキタイの勢力が強くても……そういう方面と手を組むという策に出るのがやはりパロのパロたる所以でしょうか?グイン率いるケイロニアならぜったいやらない選択ですね。闇の魔道王国パロとなるか、それとも……。まあ、どちらにせよ、ナリスには勝ちの目はないと予測できますね?これから先ケイロニアがどうかかわってくるのかが見物です。(2000.07.27)

『ネバーランド』 (恩田陸) 感想

少年は大人になる。これはしごく単純明快な事実なのだが、少年という時間にその身をおいているときは、忘れているのかもしれない。
冬休み、それぞれの事情により学校の寮に居残ることを決めた4人の高校生……。シチュエーションとしてはとても好きだ。作者は「『トーマの心臓』をやる予定だった」とコメントしているが、季節が季節であるし、ぼくの頭にあったのはケストナーの『飛ぶ教室』だったりする。
読んでいるうちに気づくことになるのだが、あの時間、自分にとってのあの時間もけっして光だけに満ちたものではなかったかと……。過ぎ去るとわかっている時間、あるいは過ぎ去ってしまったと認識している時間、通りすぎてしまったものだからこそ、それを思い出すこともできるのか?
ミステリとしてどうかと問われると困るのだけれど、わずか7日間のエピソードに、通常の学園生活では表出しえない何かがうまく配置されている雰囲気のいい物語だと感じた。(2000.07.27)

『虚無回廊III』 (小松左京) 感想

「伝説のSF巨編ここに再開」という文句が帯に書いてあります。伝説になってしまわなくてほんとうによかったというのがまずは第一の感想。しかし、この3巻に収録されているのは「SFアドベンチャー」に連載されていたものの残り部分ですから、正確にはぼくにとっては再読なわけです。だから、まだほんとうに再開されたのだという実感がないのですね。再開の噂はこれまでも何度かあったわけで、まあ気を長くして待ちましょうか、というのがほんとうのところ。
さて、かんじんの中身ですが、10年近く前にこの作品が書かれていたというのはほんとうに驚きです。SFというのはその性質上、時間を経ると古びて見えるものなのですが、そういうこともあまり感じませんでした。昨今コンピュータに限らず技術の進展はめざましいものがあるのですが、ここまで巨視的にやられてしまうと、現実がここに追いつくにはまだまだ時間がかかりそうな気さえします。人工知能AIから人工実存AEへの進化はとりわけそうでしょう。
そして、この先予想されるHEとアンジェラの再開がいったい何を生み出すことになるのか、そのあたりもやはりとても気になることです。人を継いだ知性、あるいは実存はいったいどこに向かおうとしているのか?それは、人間はどこから来てどこへ行くのかという問いにも等しいはずです。SFならではの時間的空間的スケールに久々にひたることができました。 (2000.07.27)

『陰陽師-鳳凰ノ巻』 (夢枕獏) 感想

今更説明も不要であろうシリーズ第4巻。いや、このあいだの『生成り姫』を入れると5巻目ということか。長編もよいのだが、やはりこの晴明のシリーズは短編がよい。舐めるように読ませていただいた。晴明いうところの「呪(しゅ)」というものは、つまるところ人の業にかかわることなのだな、と思う。いや、人である、ということがそもそも業であるにはちがいない。情けなく、つらく、また暗く燃える炎のような業である。しかしながら、人である我らがこの物語の中に、我もまた人である、すなわち業を背負う者である、ということを見出すことにこそあわれがあるのであろう。いや、柄にもなく小難しいことを書いてしまった。しかし、この短編集を読むとき、きっと他の方々もぼくが思うようなことを思いながら読んでおられるにちがいないと信じる。
ちなみにこの集のうちのもっとも気に入りは「月見草」の一編。壬生忠見の<恋すてふ>の件もそうだが、詩歌がテーマであれば、趣もまたいっそう深いものに感じられるのである。(2000.07.02)

『女王の百年密室』 (森博嗣) 感想

ミステリにSF的仕掛けを使うことの是非を問うつもりは毛頭ないのだが、なんだか舞台装置を飲みこめないうちに狐につままれたような気分のままで読了してしまった。時代は22世紀はじめ、舞台はそれより100年ほど前につくられたある特殊な閉鎖都市である。主人公は事故のためそこに迷い込んだ形になるのだが、そこで因縁浅からぬ人物と再開することになる。
死というものを認めない社会において果たして殺人という犯罪が成立するのかどうかを描くためにこの舞台は用意されたのだろうけれど、SF的見地からするといささかその成立事情が不明確であり、そこがぼくにとっては不満である。推測でしかないけれど、ミステリ読みの方にしてみれば舞台がSF的にしつらえてあることがそもそも不満なのかもしれないが・・・・・・。まあ、両者がほどよく融合していれば、いい意味でこれはミステリだとかSFだとかいう議論になるんだろうがなあ。せめて、せっかく登場させたウォーカロンというロボット(?)が、その時代の人間一般にとってどのような存在なのか、もうちょっとつっこんで書いてほしかった。そうすれば、あのシーンのあれも、もっと深い意味でなにしたかも(よくわかる感想でしょう)しれないのに……。(2000.07.02)

『来なけりゃいいのに』 (乃南アサ) 感想

働く女性たちの心に芽生える闇を綴った短編集ということになるか?裏表紙の作品紹介を読んで、なるほどこういう筋でこういう題名とはいささかキツイなあ、と思って手にとったんだけど、これ表題作の紹介ではないのだね。よくよく見ると小さく(「春愁」より)って入っている。なるほど。ストーリーとしてインパクトがあるのはこちらで、題名としては表題作がいけるっていう判断か。うーむ。
女性ならずともサラリーマンなら身につまされるであろう「熱帯魚」にはじまり、矛盾点があるようでちょっと気になるんだけどありそうで怖い「ばら色マニュアル」、この作品集中もっとも不安な気分になった「降りそうで降らなかった水曜日のこと」(2000.07.02)

『ガラスの麒麟』 (加納朋子) 感想

通り魔に殺された17歳の少女の綴った物語「ガラスの麒麟」。彼女を軸にして起こるむっつの事件の関連とは・・・・・・。
推理ものの連作短編としては妙な構成だと思いながら読みました。短編のひとつひとつの中で明かされない謎の部分が大きすぎるような気がしたのです。すなわち、少女は誰にどうして殺されたのか?この謎の解決は「おしまいのネメゲトサウルス」まで持ち越されることになるのですが……。
妙に聞こえるかもしれませんが、このような物語世界において小幡先生や直子の父親の存在にぼくは救われる思いがします。魅惑的な謎にではなく、明快な単純さにこそ勝利してほしいと思ってしまう。神野先生のロジックに驚かされながら、殺された少女麻衣子の魅力に触れながら、それでもそう思ってしまうのです。もし、彼ら特別な人間によって謎というものが解かれることがないなら、いったいどうなってしまうのか?まあ、そんなことはミステリではありえないわけですが、現実世界はそうはいきませんからね。(2000.06.25)

『背筋が冷たくなる話』 (谷甲州) 感想

という作品集名なのかと思ったら、これはれっきとした短編の題名。山岳小説で有名な著者のことであるから、山の怪談が主体かと思ったのだが、それはこの表題作のみ。山の怪談で何が怖いといって、それがいかにもありそうだから怖いのである。山というものじたいが、もはや日常と切り離された空間であるからだろう。
表題作の他では、鏡の中の世界をテーマにした「鏡像」というのが怖い。思えばこれも日常の隣にある非日常空間であるかもしれない。なるほど、ぼくがこの作品集で怖いと思ったのはすべてそれか?もうひとつは「制裁」という電話をテーマにしたものである。日常空間の隣あるいは裏にはすべからくこのような異質な空間が横たわっているのである。(2000.06.25)

『夏と花火と私の死体』 (乙一) 感想

殺されてしまった「わたし」の一人称という、ちょっと他に類似作品を思いつかない斬新な書き方の作品。いささかの猟奇さもなく、むしろ物語が淡々と続けられていることに驚いてしまった。物語の冒頭から「わたし」の殺されてしまった原因も犯人もわかっているわけだから、ストーリーの興味はその後の処理ということになるのだが……。たぶん、これ、他の書かれ方をしていたら、とても納得いくどころではないと思うのである。奇妙な味わいの秀作だ。併録の「優子」のほうはスタンダードだが、これも味わい深い作品。
読了してから解説を読んで作者が執筆当時16歳であったことを知ってなお驚く。と同時に、このあやうげなバランスはそういう理由だったのかと妙に納得してしまった。(2000.06.25)

『いちばん初めにあった海』(加納朋子) 感想

本棚のかたすみに見つけた見覚えのない、しかし印象的な一冊の本。その本にはさんであった見覚えない差出人からの手紙。主人公は差出人をさがしはじめるのだが……。
やさしく、そして厳しい物語であると思った。いやいや、ほんとうのやさしさとはこのように厳しいものなのであろう。前半の「いちばんはじめにあった海」を読了してから、もうひとりの主人公麻子のその後が気になったのだが、それはきちんともうひとつの物語「化石の樹」に記されているのです。
-すべての母なるものへ-、との巻頭辞を、すべて読了してからもう一度読み返してみるのもよいか、と思いました。(2000.06.25)

『天使の屍』 (貫井徳郎) 感想

納得できる動機も見出せないままに自殺を遂げた息子の身辺を追跡調査するうちに、主人公が見出すことになる少年たちの不可解な世界とは?
うーむ、読了してもなお釈然としない。大人が立ち入ることのできない「子供の論理」に、ぼくたちもまたかつてはその身を置いていたであろうか?また、子供を持つひとりの親として、いずれそこがもはや自分には立ち入ることのできない世界であることを思い知らされる日が来るのであろうか?思えば、この物語の題名は不可思議な示唆に満ちているのではないか?<天使の屍>とはすなわち<子供の死体>であり、その意味するところは<大人>のことであるような気がしてぼくにはならない。理解できないとするのは逃げでしかないのか?いずれにせよ、彼らが子供でなくなってから理解できても手遅れなのは間違いない。
ちなみに、この文庫本の解説は、当ページにもリンクいただいているUNCHARTED SPACEのフクさんです。
(2000.06.25)

『活動寫眞の女』 (浅田次郎) 感想

学生運動の激化により東大受験をあきらめた主人公は、京大に入学する。ある日、偶然に出会った同じ京大生に映画の撮影所でのアルバイトを紹介される。エキストラをつとめた時に見かけたのは、ずっと昔に死んだはずの美しい女優であった。
まず、最初にことわっておきます。ごめんなさい。この作品に出てくる映画のほとんどがぼくにはわかりません。見たことあるのかもしれないけれど、題名から1カットでも思い出せるのはほんの数えるほどです。
でも、それにもかかわらず、食い入るように読んでしまうのですよね。読んでいるうちに、その時代の映画にこめられていたものが、自分にも乗り移ってくるような気がする。また、そのような映画であるからこそ、思いを残して死んだ女優というものにもしぜんと納得いくわけで……。こういう物語、好きですね。喪ってしまった時代やものが、ここには何重にもかさねてあります。こういう物語を読み了えたとき、自分自身のそれを振り返ってしまいませんか?甘さが勝っても苦さが勝ってもいけない、ほんとうに微妙な味わいがしなければ、時代をこえて自分の経験と重ねることはできませんよね。(2000.05.28)

『夢・出逢い・魔性 You May Die in My Show』 (森博嗣) 感想

うむ。今度の英語題名はわかりやすいな、などと妙なところに納得していたら、Vシリーズ……ですか???なるほど、瀬在丸紅子のイニシャルがV・C……ええと、するとあとの綴りはどうなるんでしょう?あてずっぽうで書くと、Venico Cesaimarかいな?何語だろう?いやしかし、ロシア綴りだったりするとお手上げ。まあ、Vを濁った音で発音するなら少なくともドイツ語じゃないな。刑事さんは、煙に巻かれたのか、それともほんとうに納得したのか???
ところで、今回は東京での事件ということで、林さんが出演してないところが、ぼくとしてはちょっと不満なのですがね。あと、保呂草の「いったい何故、これほどまでに私たちは「それ」につき纏われるのだろう」って台詞もなんだか気になる。登場人物が、神の視点、神の操作を疑っているのか?このシリーズってじつはメタフィクションなんだろうかなあ?
ああ、例によって本筋に触れてない(笑)。ええと、今回も素直に騙されてみたわけですが、読了してからも多少謎に思う部分もあってめずらしく即座に再読を試みました。ううむ、その結果なのですが、謎は深まるばかり。読み間違えているのかと不安になっているんですけどね……(2000.05.28)

『グイン・サーガ72 パロの苦悶』 (栗本薫) 感想

ついにアルド・ナリス挙兵。まあ、こういう経緯で挙兵するとはシリーズはじめの頃には思いもしませんでしたがね……。彼が挙兵しそしてどうなるかというのは、ヤーンがすでに指し示したもうところであります。となると、レムスがどういうふうになるのかってところが今後何巻かの興味ですね。次巻の予告タイトルは『地上最大の魔道師』ですが、これって誰のことでしょう?やはりアグリッパ?それとも北の賢者ロカンドロス?いずれにせよ、この感じではやはり100巻にはおさまりそうにございませんね。(2000/04)

『ぼんくら』 (宮部みゆき) 感想

「殺し屋」から「拝む男」まで5つの短編を連続させたあと、「長い影」という中編、そしてエピローグ的な「幽霊」。すべての物語が関連しあっていますから必ず最初から読みましょう……。
「殺し屋」の事件をきっかけに鉄瓶長屋の差配人がいなくなってしまい、新しくやってきたのは若輩の佐吉であった。しかし、それからというもの奇妙な事件が連続し、店子はひとりまたひとりといなくなっていくのであった……。
ううむ、単に同心の井筒平四郎を主人公に据えた連続短編かと思って読みはじめたのだが、「長い影」にかかってからは、前のほうを読み直してばかりである。ぼくは分析的には読まないので、こういうやりかたにはいつも素直にひっかかって喜んでおります。正しい読者のありかたでしょう?
面白い登場人物も多いことだし、舞台を変えてまた読みたいものですね。『霊験お初』とならびたつシリーズになるとよいなあ。ちなみに回向院の茂七の手下で政五郎なんて方も登場します。(2000/04)

『猿の証言』 (北川歩実) 感想

人間とサルの境界線とは何なのか?うーむ、なかなかに興味深いテーマであります。この物語の中ではまずはもっと狭義のところからはじめているわけですね。はたして、サルに言語を扱うことができ人間とコミニュケートできるのであれば、その「言葉」は証言として有用であるかどうか?
このような物語に出会って、やはり最初に思うのはあの名作『猿の惑星』だな。あの映画史に残る作品での猿はAPES、つまり類人猿という意味だね。この作品においてもそう。ぼくの年代より上の人であれば、あのオリバー君のこととかも思い出すにちがいない。思えば『猿の惑星』では人間と猿の知性の逆転を描いたのでありました。しかし、そこで定義された知性とは……けっして生物を幸福にしてくれるものではなかったはずです。だから、賢いとか賢くないというのは、生物を区別する境界としてはよくないですね。賢いから偉いのでしょうか?価値があるのでしょうか?それは人間という単なる一生物であるにすぎない者たちの歪んだエゴイズムによる価値観でしかないでしょう?
さて、人間の歪んだ思いが、この物語を暗くそして不安なものにしています。途中どうにもやりきれないシーンが、じつに何度もありました。そして、このラスト!!これは、何というか……。謎はすべて解かれなければいけないものでしょうか?時に真実は人を不幸にするのではないでしょうか? (2000.04.02)

『古城の迷路』 (ドロシー・ギルマン) 感想

何度もいうようで多少気が引けるんだが、やはり<おばちゃまシリーズ>と比較してしまうからいけないのでしょうね。ファンタジーにしては物語が平坦すぎるような気がするのだよ。うーむ。興味深いのは、これが前作『アメリア・ジョーンズの冒険』の作中作だということか。もっとも、成立は『古城の迷路』のほうが先で、出版順が逆ということらしいが。 『アメリア・ジョーンズの冒険』では各部のはじめにこの物語から意味ありげに引いてあったんだけれど、どうなんだろう?アメリアがあれほど真摯に『古城の迷路』に魅かれていた理由が、残念ながらぼくにはピンとこなかった。しかしながら、ひとりのどこにでもいるような少年の成長物語としては教訓深い部分も多々ある。もしかすると、小学校高学年くらいで読むとよいのかもしれない。(2000.05.06)

『世紀末サーカス 異形コレクション』 (井上雅彦編) 感想

読むのが前後してしまったけれど、異形コレクションの第4巻。今回は何となく肌に合わないものが多かったんだけれどどうしてだろう?サーカスというものにもっとぼくはちがう味を要求しているのかもしれない。というわけで今回は3作品のみですが、
藤田雅矢の「暖かなテント」サーカスにまつわる怪談というのは意外に多いかもしれない。あの箱の中、どのようになっているか一度のぞいてみたいものである。
平山夢明の「Ωの聖餐」これこれ、やはりこういう作品を読みたいですね。こういうのを期待しているからこそ異形コレクションを買い続けるわけですよ。秀逸。
竹河聖の「サダコ」ふだんホラーを読まない方々にも有名な例のサダコさんとは無関係。これはそれこそ映像にはできないですよね。スラップスティックな怪作だと思います。(2000.05.06)

『悪魔の羽根』 (乃南アサ) 感想

季節にまつわる心理ミステリ。表題作の悪魔の羽根っていうのは雪のことだと帯に書いてある。ううむ、雪のない国に育った主人公がそれに追いつめられていく過程ももちろん怖いんだけど、結論がそこに行くのか?ってところがぼくはもっと怖いんだけど。同じことが「はびこる思い出」とか「秋旱」とかにも言えるような気がするのだけど……。その怖さっていうのはいかにも異常な行動が日常の中に取り込まれてしまうということ。女性が主人公の場合にそれは顕著ですよね。男はなんというか日常に戻れないんですよ、そういう場合。そう思いませんか?(2000.05.06)

『鬼平犯科帳(一)』 (池波正太郎) 感想

池波正太郎の三大シリーズ、今まで『仕掛人藤枝梅安』『剣客商売』と読んできて、いよいよこれにかかるわけだ。ちょっと視点がぼくに向かないのかなあ、とも思っていていちばん最後になってしまったのだな。今度は裁く側に重点がおかれているし、妙に人情物になっていてもいやだなあという……。しかし、そういうものではないことは、一話読んだだけですぐに判る。うーむ、なんて辛口でハードなんだろう。ある意味容赦のないストーリー展開ですよね。どうも、この長谷川平蔵という人、一冊読んだだけでは性格もよくわからんというか、深すぎる人物ですね。またひとつ楽しみがふえました。(2000.05.06)

『影の肖像』 (北川歩実) 感想

先端科学技術をモチーフにしためくるめくトリックはいつもながら見事。しかしながら、今回なんというかどんでん返しに次ぐどんでん返しで最後のあたり少々読み疲れてしまったのも事実です。あそこまでやらねばならないもんなんだろうか?今回扱われているクローン技術というやつ、昔からSFではおなじみなんだけれど、現実の問題としてこれが行なわれるとすると、なるほどそういう弊害があるのかという妙な感心の仕方をしてしまった。SFでやるともっとエキセントリックな内容になってしまうものな。この作品で扱われているのは、なんというかもっと地味で、だからこそ怖い。読んでいる最中ぼくの頭の中にあったのは、じつはヴォクトの『スラン』にあったのだと思うこんな台詞「倫理とはけっきょくのところ訓練の問題なのだ」っていうやつなのだけれど……。さて、人類はいったいどこに向かっているのでしょうね?(2000.05.06)

『月の裏側』 (恩田陸) 感想

月の裏側を見ることはできない。なぜなら、地球の自転する周期と月が地球を巡る周期が同じだから、だっただろうか?何で読んだのだったか思い出すことができない。とにかく、地球上にいる限り月の裏側を意識することはない。それは単なる偶然なのだろうか?ふと、何者かの底知れぬ悪意がそのようにしたのではないかという疑念にかられることもある。だが、知らなければ疑惑をおぼえることもないのではないか?そして、人間には知らなくてもよいこともあるのかもしれない。
九州の水郷都市箭納蔵を舞台にしたこの物語、土台になっているのは作中にも出てくるフィニイの『盗まれた街』ということなのだろうけれど、読んでいる最中ぼくの頭にあったのはむしろ、あの啄木の謎に迫った山田正紀の『幻象機械』だった。日本人というのは、ほんとうに妙な種族だ。多数に属することで安心するのはなぜか?多数とはその場合どのような定義か?何かに気づいた人々が、文学作品として発するメッセージさえ、ぼくたちのなかでは歪めて受け取られているのか?淡々とした展開のなかに潜むものこそが、この物語の恐怖である。
考えてみてほしい。他人とちがったところがないことに、もしもあなたがほっとしているのであれば、それこそが何かに「盗まれている」証拠ではないのかと?(2000.04.09)

『陰陽師 生成り姫』 (夢枕獏) 感想

陰陽師シリーズ初長編。ストーリーとしては「付喪神ノ巻」に収録されている「鉄輪」という短編を長編化したものということになる。このように同じ物語の長短を改めることに、うなずけるところもあればそうではないところもあるのだが、まあそれは置こう。いつもは短編のひとつひとつをなめるようにして読んでいる安部晴明のこのシリーズを、心ゆくまで読むことができたのだから。
そして何よりうれしいのは、この編が晴明の物語であるのと同じくらい、いやそれ以上に源博雅の物語であることだ。この編、主人公は博雅といってよいであろう。夢枕獏の物語にはこうした朴訥な男が数多く登場するが、博雅はそのなかでもとりわけ純粋なのだろう。陰陽師シリーズは、その性格上、人という生き物の持っている業をかなり正面から扱うことも多いのであるが、そのもの哀しさは博雅によってこそ救われている。ある意味、晴明よりも不可思議な男であると思う。
(2000.04.02)

『小説日本通史 黎明~飛鳥時代 黄昏の女王卑弥呼』 (邦光史郎) 感想

歴史に材をとったフィクションですね。歴史の裏側に隠された光と闇の一族の死闘といったところでしょうか?うーむ、ふつうなら好きな題材なんだけれど、どうもこれはいまひとつ乗れませんでした。
でも、案外、歴史の真相はこんなものだったのかもしれませんね。邪馬台国の解釈のところはなるほどと思ったし、大和王朝のはじまりのところではちょっと唸ってしまいました。ここまで書くとは……。このあと光と闇、すなわち木ノ花一族と冥府の一族が日本史にどうかかわってくるか、興味があるところなのですが……次巻購入はどうするか迷うところではあります。(2000.04.02)

『鉄道員(ぽっぽや)』(浅田次郎) 感想

表題作は高倉健主演で映画化もされたあれですね。廃線のきまった北海道の幌舞線、幌舞の駅で自らも引退の決まった駅長の乙松の前にあらわれたのは、ひとりの奇妙な少女だった……。物悲しい、すてきなファンタジーでした。
実際に起こったことに取材したという「ラブ・レター」もなんだか泣ける作品、これもファンタジーといってよいのかもしれません。ファンタジーは人の心の中にこそ芽生えるものですからね。
他に気に入ったのは閉館の決まった昔なじみの映画館から招待状が届き、そこに別居中の妻と出かけるという「オリヲン座からの招待状」。これ、ラストシーン、どういうことになるのかなあ。このあとどうなるのだろう?それが気になって気になって仕方ないラストシーンって本を読んでいるとしばしば出くわすのだけれど、これもそのひとつですね。(2000.04.02)

『霧の橋』 (乙川優三郎) 感想

わけあって刀と身分を捨て、紅を扱う商人となった惣兵衛。しかし、いっぽうでは大店の陰謀が、そしてもう一方では亡き父に関する過去からの影が人生にかげりを落とす。そのとき惣兵衛は、そして妻のおいとは……。
すばらしい。素直に言って感動しました。山本周五郎の作品を読んだ後のような清涼な気持ちになれました。物語を貫いているのは、自分はどのように生きるべきなのか、ほかに生き方があったのではないのかという紅屋惣兵衛の迷いなのですが、その迷いに彼自身がひとつひとつ自分ながらの決着をつけていく姿がよいのです。商売仇との駆け引きは企業サスペンスといってよい緊迫感あふれる展開だし、武家時代の因縁が何年もたってから生活を侵食してくる様もまた面白いです。なんといっても、そのなかで惣兵衛の支えになっているのは妻のおいとなのですが、周囲の案件がひとつひとつかたずいていく反面、彼らの仲は妙な具合になっていきます。はたして何を守り何のために男とは生きていくものなのでしょう?解説の北上次郎氏もひいておられますが、あえてここにもひきましょう。「夫が妻を守るのは当然のことで、その結果たとえ命を失ったとしても妻に死なれるよりはましだということです」これだけ書き出すと照れてしまいますが、綴られた物語の重みが、この台詞をじつに生きたものにしていると思いました。(2000.03.20)

『宇宙生物ゾーン 異形コレクション』 (井上雅彦編) 感想

異形コレクション第15巻。このテーマだとホラーとSFの境界線上の作品が増えるという意味でも楽しみなところ。
ハードSFの谷甲州が「緑の星」で初登場、やはりこうしたテーマだとSF作家の腕が冴えますね。これを読んでいてナスカの地上絵ってほんとうのところ何なんだろうなと改めて考え込んでしまいました。
森岡浩之の「パートナー」、なるほど人間の人間としての営みがいかに限定された環境下でしか効力のないものかということを思い知りますね。ある環境への人工的介入ということを、他の例にあてはめてみるならば、この物語での人類の辿る行末は……。
岡本賢一の「言の実」、コミニュケーションの手段をテーマにしたSFは多々あれど、これの類例ってのはちょっと思い浮かびません。秀逸。
山田正紀の「一匹の奇妙な獣」、これを読む限りSF作家山田正紀は健在ですね。予告されている長編SFも期待できそうです。最近ミステリ作品が多いようですが、年来のファンとしてはやはり重厚なSF作品を切望いたします。
石田一の「破滅の惑星」、いいですねえ。古き良きSFテイスト。編者も書いているように『トワイライト・ゾーン』や『アウターリミッツ』を彷彿とさせます。
ひかわ玲子の「話してはいけない」、これまたじつにSFっぽいリドルストーリーですね。こういうのを読むとやはりミステリとSFの大きな差のひとつは、謎が解かれるかどうか、だと思います。
五代ゆうの「バルンガの日」、題名がすべてを語っております。よもやバルンガが何なのかをご存知ないこのページの読者も少ないでしょう……。彼の名作の放映は昭和41年ですので、リアルタイムでは翌朝太陽を眺める恩恵に浴せなかったのですが……。
笹山量子の「占い天使」、いるいる、昔からいるんだよなあ、こういう自分勝手な宇宙生物って(笑)。でもって昔から対決代表はこの手の人間だわな。なんでだろう?まあ、そんなもんなんです宇宙の平和なんて。秀逸。
横田順彌の「来訪者」、安定した物語の質感を誇る押川春浪回想録シリーズ。宇宙人なんてのはたいていとんでもない姿をしているもんですが、やっぱりこういう一見真っ当なのが、ぼくとしてはいちばん怖い。五千年……そんなに人類ってもつのでしょうか??
菊地秀行の「安住氏への手紙」、あなたの怖いものはなんでしょう。宇宙人ですか?怪物ですか?それとも陳腐な言いぐさだけどやっぱり人間が怖い?いちばん怖いのは、それは……。秀逸、この巻中でいちおしです。(2000.03.20)

『グイン・サーガ71 嵐のルノリア』 (栗本薫) 感想

ついに動き出したパロの物語。アルド・ナリスの命運は……。ってそれは決まっているのだと思っていたら、「ナリスさまが妙に元気」と作者があとがきで仰っておりますね……。これほど陰謀が似合い、またそれによって生き生きとするお方もいらっしゃらないのでしょう……。ともあれ、この巻ではレムスにとり憑いたものの正体が明かになりますし、ヴァレリウスの人生にはこれでもかというほどの悲惨さが付け加えられます。ほんとにヴァレリウスの人生って、うーむ。なんなんでしょうね。(2000.03.20)

『魔法飛行』(加納朋子) 感想

『ななつのこ』の続編。きっと続編はないと思っていたので、これはうれしい形で裏切られました。今回、主人公の駒子は前作で瀬尾さんにすすめられたように小説のようなものを書きます。今度はそれを瀬尾さん宛てに送るわけですね。ところが、そのあとに、誰からのものかかわからない奇妙な感想を記した手紙がとどけられるという趣向。物語が終局に近づくまで、その手紙に対しての駒子のコメントがないというのもミステリアスです。すばらしい。
しかしながら、ロジック的には解決されている各々の短編が、心理的には釈然としない部分を残したままで展開していくのは連作ミステリの宿命でしょうか?連作の最後にそれらを総合した謎が呈示されるという趣向はわかるのですが……。「主人公の短大生がこのあとどうしたのかにぼくは興味がある」と前作『ななつのこ』の感想にも書いたのですが、各短編を読んだだけでは、やはりそういう思いが残ってしまいます。いや、もちろん、それらはすべてラストのための伏線なのですが。
いちばん印象深かったのは「クロス・ロード」。十字路ですね。どこに続く十字路なのでしょう?どの道を行けばよいのでしょう?O・ヘンリの掌編のひとつをちょっと思い出しました。(2000.03.20)

『キマイラ吼シリーズ15 キマイラ群狼変』 (夢枕獏) 感想

キマイラ吼シリーズ第15巻、2年ぶりですね。物語は未だ前巻にひきつづき敦煌編、久鬼玄造が昔語りをしているシーンが続いています。敦煌編に現れたこのもうひとりのキマイラは、大鳳吼や久鬼麗一とどのようなつながりがあるのでしょうか?謎が謎を呼びますね。そして久鬼玄造とはほんとうは何者なのか?
キマイラという不可思議な存在を巡る物語はすでに夢枕氏のライフワークのひとつとなっているようです。「キマイラのこの物語、どうやら一生かかりそうである」と断言されてしまったわけですが、ふしぎにうれしさだけがあるのはどうしてでしょう?この物語の持っているポテンシャルにつきあっていくためには、読者の側にもそれなりの覚悟がいるのだと思います。(2000.03.20)

『チャンス』 (ロバート・B・パーカー) 感想

なんだか釈然としない。スーザンって理由もなくスペンサーの仕事がらみの旅行に同行するような、そんな女性だったっけ?ボストンを離れてスペンサーを活躍させようとすれば、まあそういうことになるのかもしれないけれど、それならばそれでもう少し物語的必然が欲しいんだけどな。スーザンという女性は、たとえスペンサーにでも自分のすべてをあずけたりはしない、少なくても外見にはなんというかクールな女性のはずじゃないのかな?もちろん、秘めたる熱情は別にしてだけど。思えば、これはスペンサーとちょうど逆なのかな?情熱的に見えるスペンサーの内面は、いつだってどこか冷めた部分があったはず。このふたりのアンバランスが物語をひきしめていたと思うのだけれど……。
ところで、めったに触れられることのない時間の経過についての記述がありますね。「私たちは、短い中断を除いて、二十年間一緒にいる」っていうのがそう。やはり物語1巻で約1年というカウントで正しいのだね。とすると、ふたりの年齢は……?(2000.03.20)

『時に架ける橋』(ロバート・チャールズ・ウィルスン) 感想

「心に染み入る時間旅行SF」というのが帯にある謳い文句。タイムトラベル方法がちょっと変わっていますよね。掃除もしないのにいつもぴかぴかの不思議な家の地下道を抜けてみるとそこは……という設定。なかなかに面白いストーリーなんだけど、どうも主人公に協調することはできないな。というのも、彼が自分の属する世界からの単なる逃避手段としてトンネルを利用しようとしているからだと思う。解説でハインラインの『夏への扉』やフィニイの『ふりだしに戻る』を引き合いに出してあるけれど、それはどうか?前者は、夏に通じる扉はきっとある、といって未来を肯定する物語だし、後者は過去そのものを愛する人々の物語だよね。過去を肯定すること、未来を肯定すること、それは最後になってこの物語の主人公も気づくようにどちらも現在を肯定する作業に他ならないのだと思います。まあ、物語の結末からいっても作者がほんとうに描きたいのはそこなのだろうね。ぼくとしては解説にもある"The Harvest"という作品、ぜひ読んでみたいですね。(2000.02.27)

『ウルフガイDNA 8 暴走する架空ヒーロー』 (平井和正) 感想

ううむ、カバーの作品紹介欄に「ますます過激になっていく現代の艶笑譚」なんて書いてあるぞ。なんか最近あぶないシーン多いんだけどさ(笑)これウルフガイシリーズだよね……。あぶなさ、っていっても例えば『狼の紋章』にあったような暗い暗いあぶなさではないのだけどね。いったいどこに行こうとしているのかますますわからなくなってきたけど、もしほんとうに舞台がアメリカに移るのであれば、そこには……や……がまだあるんだろうか?それとも、もうすでに事態はそんな段階ではないのだろうか?(2000.02.26)

『グイン・サーガ70 豹頭王の誕生』(栗本薫) 感想

ついに戴冠式です。思えば長い道のりでしたね。これで架空三国志の二国までは当代の王が国をまとめる段階にきたわけです。ケイロニアの豹頭王グイン、ゴーラの僭王イシュトヴァーン、するとこのあとの展開はやはり残るパロの内紛が中心の物語となるのでしょう。パロ中興の祖レムス???どうしてそうなるのか、これこそ謎ですねえ。まあ、謎といえば最大の謎は、どうして豹頭王の物語があの『七人の魔導師』につながるのかですけど。売国妃シルヴィア……、ケイロニアを一旦は去る豹頭王、残り30冊予定でそんなにいけるのか?まあ楽しみなことではあります。(2000.02.13)

『どすこい(仮)』(京極夏彦) 感想

仮……仮って何だ?とまずは思う。手にとってその異様なまでに暑苦しいカヴァーとか妙な感じの手触りに妙に不安になる。しかし、これではデブは人間ではないようではないですか?ううむ、笑えない、笑えないぞ(笑)。変な装丁だと思っていたら「求道の果て」の日記に吉田戦車の『伝染るんです』と同じ方の想定だと書いてあった。なるほど。
そもそも、笑いと恐怖ってのは突き詰めれば同じもの、ひとつの感情の裏表なんだから、京極ユーモアってことは、もしかして怖いのか?とか思っておったのですが、これはどう書いてよいものか?あああああ、なんというか、ひたすらに莫迦らしい?途中からパロディのような気もぜんぜんしなくなってしまったしなあ。『仮名手本忠臣蔵』の幕間に演じられたのが『東海道四谷怪談』だから、『嗤う伊右衛門』の幕間にこれを?ううむ、動機はどうあれ、要するにこれは……地響きがすると思っていただくほかないのであろうか????? (2000.02.12)

※AmazonLinkは文庫版のものです。

『枯れ蔵』(永井するみ) 感想

米を題材しした農業ミステリー。ううむ、やりたいことはよくわかるのだけれど、これはちょっと……。まず、プロローグにひいてしまう。あれ、必要ですか?それをはじめとして、主人公の学生時代の恋がどうとか、どうも不必要な味付けが多すぎるような気がしたのだね。けっきょく、作者はこの物語で何を主張したいの?ってのがどうもなかなか見えてこない。でもって挿入されるエピソードの数々がどうも不完全燃焼っていうか……。読了してから、え?あの件はそれでどうなったの?と思って読みなおしたんだけど、どうなったのかけっきょくよくわからなかった。それなのに、どうも展開は強引なような気がするし……。
ぼくの読み方が悪かったかもなあ。でも、物語にまるで現実のように歯切れの悪い展開されると、どうも息がつまってしまいますよ。(2000.02.13)

『凍える牙』 (乃南アサ) 感想

「バツイチ刑事の孤独な闘い」って帯にあるんだけどね。まあ、たしかに主人公の音道貴子は警視庁機動捜査隊っていう男の職場?のなかで孤立しているように見えますね。そこが読者の共感を呼ぶってのは、それだけこの世に男の職場、いや正確にいうならば女性を締め出している職場が多いってことかねえ。難儀なことです。しかし、お互いにわかりあうことを拒否するという態度はどうかと思うんだが……。
だから、この物語のなかで誰にいちばん共感できたかといえば、それは疾風なんだな。このようにこそ生きてみたいですね。信じるもののためにこそ生き、信じるもののためにこそ死ぬ。それが美しいかどうかはべつにして、やはり潔いと思うよ。人間の多くは最早そのようには生きられないし、死ぬこともできないのだから。(2000.02.13)

『ウルフガイDNA 7 夜の仮面騎士團』 (平井和正) 感想

やはりライノは神話人種と浅からぬ因縁にあるらしい。え?でもってそうなの、とちょっと驚く人間関係も明かされる、と。ってことは母親は誰かいな、などと考えるのもちょっと楽しい。これまた未読な方にはさっぱりわからんコメントになってしまうなあ(笑)。とりあえず、こうくるとあの狼男はぜったいに……ですね。しかし、ライノが西城だとして、いったいいつ和解したのか?それとも、やはり敵対しておるのでしょうか?うーむ、謎だ(2000.01.24)

『巴里・妖都変 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 (田中芳樹) 感想

講談社文庫-講談社ノベルズ-光文社、シリーズ3冊目だというのにめまぐるしいですね。いったいどういういきさつがあるのか……いらぬ心配をしてしまいます。本棚に並べると妙に不揃いだし……。
それはさておき、ドラよけお涼の活躍はますます拍車がかかっているようです。泉田警部補もだんだん彼女の行動に感化されてきておるのでしょうかね。どうでもいいけど、このふたり、お涼が口下手なのか、それとも泉田が野暮天なのか(笑)。まあ、あのパターンで彼女に行動されては、日常のささいな事柄をも素直には受け取れないでしょうか?「敵と戦うとき安心して背中をあずけることのできる男」ってのは泉田氏のことだと思いますが……。(2000.02.05)

『蒼い記憶』 (高橋克彦) 感想

記憶シリーズ第3弾。ふだんハードカバーの短編集ってのはよほどのことがないと買わないんだけど、前二作のグレードの高さゆえですね。ぼくとしては突出した作品は今回はないと感じるのですが、記憶という1テーマでこれだけのシリーズを構築できるというのはやはりすごいと思いました。
ひとつの電話番号から秘められた過去をあばく「幽かな記憶」、ラストの1行にこそ怖さを感じるのはぼくだけでしょうか?「水の記憶」はこの作品集中もっとも気に入った作品、ちょっと救われた気がしますね。例の作品をいいほうに裏返すとこうなるのかな?「嘘の記憶」はちょっとにやにやしながら読みました。同人とかやっていた人は多かれ少なかれこういうことってありませんでした?(2000.02.05)

『デジデリオ-前世への冒険』(森下典子) 感想

人の前世を見ることができるという女性を取材に行った作者は、疑いをいだきながらもその言葉に興味をおぼえ、ルネサンス期にフィレンツエで活躍したという人物を追いはじめる。うーん、これノンフィクションなのですよ。だから、ミステリのようにすっきりとした回答がこの物語の結末に示されているわけじゃない。疑いをもったまま、なんとなく釈然としないまま読了したのだね。過去にデジデリオという彫刻家が実在したということはわかったけれど、これで前世を見るという女性が書物からは知り得ない事実を述べていたということも証明されたことになるとは思えませんね?デジデリオさがしのプロセスはとても興味深いのですが、けっきょく作者自身が前世というのに懐疑的なのだね。作者がさがしたかったのは前世ではないということなのですね。
今生きている自分にプラスになるなら前世もあっていいと思うし、役に立たないなら忘れていることを是としたいですね。人はそれを知って平静でいられるほど強くはないでしょうから。(2000.02.05)

『チョコレート革命』 (俵万智) 感想

不倫歌集ってことで話題になった第三歌集。単行本発売当時は立ち読みしただけだったのだが、そういえば ふーまーさん などはパロディまでつくっていらっしゃいましたね。
いくつかの歌を連続して読んでいるとそこにひとりの女性の姿が浮かんでくるのですが、それが何というかとても生々しい。生き生きしているではなく生々しい、なのだな。でも、いやらしくない、ってのもすごい。この歌集がフィクションであるならば作者の想像力に改めて感嘆するし、ノンフィクションな事柄をもとにしているなら、それをこうして昇華させてしまうことにやはり感嘆する。
ぼくがとりわけすごいと思ったのは「ファミリーランド」の冒頭の歌。たったこれだけの中に何と様々な背景を説明し想像させるのだろうと思う。自宅でも勤務先でもファミレスでもなくファミリーランド。電話のこちら側にいる彼女はなぜ電話しなければならなかったのか?(2000.02.05)

『ウルフガイDNA 6 無敵遺伝子』 (平井和正) 感想

謎が謎を呼ぶ第6巻。いきなり現れたあの肉食恐竜はいったい何者?平井作品でそういうものに変化するのは敵方と決まっておるのだけれどな……。んでもってメイとアキラの関係がじつはそれで…・・・うーむ、本編を読んでおらん人には何のことやら全然わからんでしょうね(笑)。これだけ話が広がるとどう収束するのかちょっと不安になってまいりました。
それにしても、この巻は昨年末にあちこちの本屋で探したのについに見つからなかったのだけど、どういうことでしょう?(2000.01.24)

『QED ベイカー街の問題』 (高田崇史) 感想

ベイカー街221Bといえばかの探偵シャーロック・ホームズの居所として世界でもっとも有名な住所のひとつでしょうね。ここにはホームズの実在を信じた人々から手紙が舞い込むため、専用の郵便係りがいるのだとか聞いたことがありますが、この物語の登場人物たちはもっと上を行くいわゆるシャーロキアンです。ホームズ物語を正典とし、真摯にその研究に情熱を傾ける人々……。
この物語では、そうしたシャーロキアンが次々に殺されるわけですが、そこここに心憎い仕掛けがほどこされていて思わずにんまりしてしまいます。ホームズに隠された謎というところではどう感じられましたか?そんなわけないだろう、と思ったのならそれはもはや作者の術中にはまっているのですよ。できうれば、正典をどうぞかたわらに楽しまれんことを。もちろん、さほど詳しくなくてもじゅうぶんに楽しめる内容にはなっているのですがね。とりあえず「最後の事件」は押さえておいたほうがよいと思いますよ。
そういえば、ちくま文庫版の『詳註版シャーロック・ホームズ全集』は2巻までしか買っていませんでした……。今回はハヤカワ版の『回想』を手元において読みました。(2000.01.24)

『月は幽咽のデバイス-The Sound Walks When the Moon Talks』 (森博嗣) 感想

ううむ、森博嗣作品は時として、いやかなりしばしば題名の解釈に苦しむなあ。読了しても、この物語がどうしてこういう題名になるのかさっぱりわからない(笑)。
瀬在丸紅子シリーズ第3弾ってことなのだけれど、未だどうも物語世界に入りこめないままとなっております。この紅子にせよ、探偵の保呂草にせよ、感情移入しにくいんだものね。もっといえば、他のキャラクタたちって何のために登場しているのか、これもよくわからんのだな。きっとぼくは頭悪いんだろうね。どうも、本筋でないところばかり気になっていけない。紅子と林の離婚の真実とか、林のファーストネームはいったい何なのかとか、わざわざ登場人物のひとりに、物語が自分を含めて三人称で展開すると冒頭に断わりを入れさせる理由とか、まあ、そういうことね。密室よりもそのほうがよほど謎だと思ってしまうのだよね。気になって仕方がない。さぞや深謀遠慮な仕掛けがシリーズのどこかにされているのだろうな、と疑ってしかり。やはり、これはシリーズ通して読んでみて、やっとそれなりに納得がいくのかな?(2000.01.15)

『永遠の仔』 (天童荒太) 感想

このミス1位ということで大量に平積してありましたが、実際には発売されてからかなり経つのです。この本もハードカバー2冊ということで買い控えていたのですが、とうとうがまんできなくなった次第。いやあ、がまんせずに正解でしたよ。ほんとう。
動物園とあだなされる少年のための精神科病棟、退院記念に登ることになった霊峰の頂上で起きた事件、17年を経てひとりの少女の成長を見守るふたりの少年。ちょっとこう並べてみるだけでも、いかに大仕掛けかがわかりますね。
物語は三人の男女の17年前と今を並行させて描くわけですが、すなわち1979と1997を並行させているのです。ちょっと用い方はちがうけれどオーウェルみたいです。三人が、自分たちが経験したことのほんとうの姿に行きつくまでにかかった年月として、それは長すぎたのでしょうか?この場合、歳月は彼らを癒すのに役だったとはとても言えません。すべてがしょく罪の日々ということなのでしょうか?もし、そうであれば、この場合の罪とは、いったい誰の誰に対するものなのでしょうか?
人はいつもいつもベストの選択をできるわけではありません。むしろそうでない選択を強いられることのほうが多いでしょう。とりわけ、人と人との関りにおいて、それは顕著な現象であるかもしれません。あのときいったいどうするべきだったのか?時として、人はいつまでもそれを思い悩むのかもしれません。(2000.01.16)




『二人がここにいる不思議』 (レイ・ブラッドベリ) 感想

どうしてだろう、最近なぜかブラッドベリの作品集をよく本屋で見かける。『火星年代記』、『何かが道をやってくる』『華氏451度』、ブラッドべリといえばぼくにとってはそういう作家だ。解説不要。きっと作品名のいくつかを挙げるだけで、感じた想いのいくつもを他者と容易に共有することができる、そういう数少ない作家のひとりだと思う。そうした作家の未知の作品集というのは、じつはとても手を出しにくいのだ。もし、面白くなかったらどうしよう、という気持ちになるからだろう。
まあ、そういう想いは今回はとりこし苦労であったようだ。かなり質の高い作品集だと思う。作品としてはタイムトラベルものの佳作「トインビー・コンベクター」、ちょっとユーモラスな怪奇譚「オリエント急行、北へ」、やはりブラッドベリといえばカーニバルは外せない「最後のサーカス」、亡き両親をレストランに招待する表題作「二人がここにいる不思議」、ちょっと不思議なクリスマス譚「ゆるしの夜」、やはりもうひとつ怪奇譚で「階段をのぼって」がよかったです(2000.01.16)

『白夜行』 (東野圭吾) 感想

「偽りの昼に太陽はない。さすらう魂の大叙事詩」というのが帯に書かれたコピーなんだけど、どういうもんでしょ?なんだか、物語を正確に評していないような気がするのですけれどね。一種のピカレスクロマンとでもいいましょうか?そこに誰が犯人なのかという答が見えているのに、不可思議なバランスの上にストーリーが展開していく。もちろん、これは計算しつくされたものなのでしょう。何というか絶妙な物語はこびです、すばらしい。とりわけ、あのラストシーンは絶品ですね。そうか、そこで切ってしまうのね、とたまらなくぞくぞくいたしました。タイプは全然ちがうのだけれど、なぜか読後に宮部みゆきの『火車』を思い出しました。
事件の背景になっている時代が、ぼくの経験してきたそれとかぶっていることもあって、なんだか懐かしいような気分にもなりました。およそ20年ほどにわたって登場人物の軌跡を追っているわけですが、コンピュータがらみの事柄とかが数多く登場することもあって、とても興味深く読めました。
ところで、どうでもいいことがひとつとても気になっているのですよ。物語の冒頭で、桐原洋介が殺された時間帯、つまり金曜日の午後6時頃からテレビでやっていた少年向けの連続SFドラマっていったい何なのでしょうか?昭和のあの年ということは……ちょっと調べてみたい気もするのですが……(2000.01.16)

2008/11/16

『サザエさん 40周年記念SP』 感想

『サザエさん』のアニメ放送40周年ということで、スペシャル番組でした。
1本目は、「磯野家うちあけ話」 カツオが、家族みんなを改めて紹介。また、サザエさんとマスオさんが結婚した当時を回想。
2本目は、「ノリスケうら話」 ノリスケおじさん(実際はカツオたちの従兄にあたる)が磯野家に居候し、タイ子さんと結婚し、イクラちゃんが生まれるまでを回想。
3本目は 「母さんのふるさと」 磯野家が、フネさんの故郷の静岡県を訪ねる。この話は30分の長編エピソードでした。

1本目のTVカメラクルーはなかったほうがよかったと思う。なぜTVが来ているのかの説明もなく、見ている子供は混乱したのでは?
2本目は面白かった。でも、1本目がサザエ・マスオの見合い、2本目がノリスケ・タイ子の見合いでかぶっているのがちょっと気になったです。
3本目は物語としてはとても面白かった。ふだんの時間では描けない話だと思います。しかし、どうして40周年でこういう話にする必然性があったのだろう?という点についてはちょっと疑問に思います。
あと、春に募集していた洋服デザインの発表がありました。オープニングに変わった服ばかり着てるなあ、と思っていたら、これらが大賞作だったのですね。じゃんけん模様の浴衣はなかなかに秀逸だと思う。

最近は、グリコのCMで25年後の磯野家なんてのが流れておりますが、原作でのカツオくんは、Wikiによれば昭和13年生まれ。古希なのですよね。「カツオくんはいつまでも子供のままで大きくならないや」というのが一般的な認識で、だからグリコCMは面白いのでしょう。でも、生まれた年を聞いてしまうと、なかなかに複雑なものを感じます。

ところで、先日、『サザエさんをさがして』という本を読みました。朝日新聞の土曜版に連載されていたのをまとめたものだそうで、漫画が描かれた当時、つまり昭和の世相文化をふりかえる、という形になっています。これがなかなかにツボでした。3巻まで出ているようなので、機会があれば続きを読んでみようかと思っています。

『ないしょないしょ 剣客商売番外編』 (池波正太郎) 感想

「このことはないしょ、ないしょ」だぞ。仕えていた剣客が殺され、それを機に江戸に出てきたお福は、次に仕えた御家人から偶然にも手裏剣の手ほどきを受けることになったのだが、そのときにこう言われるのであった。
運命に翻弄される女性の半生を描いた、読み応えのある長編。人というのは長くかかわってみないと判らない生き物なのだな、ということを感じずにはいられない物語。その最期の時に「今度こそは、迷惑をかけずにすみます」の<迷惑>の意味の深さを考えこんでしまう。はたして、秋山小兵衛はじめ、お福にかかわった人々が、それを迷惑だなどとちらりとでも考えただろうか?(1999/12/19)

『剣客商売16 浮沈』(池波正太郎) 感想

シリーズ最終巻。読了して何とも奇妙な思いに囚われた。とりわけ後半部だが、妙に駆け足なような感じがするのだ。これは、ほんとうはもっと長い話になるはずだったのだろうか?さらに奇妙なことには、大治郎の登場はほとんどなく、また三冬もそうである。この最終巻はだから基本的に小兵衛だけの物語なのだ。さまざまの登場人物たちの定命についての記述が散見され、田沼意次の政治的命運についてが暗示される。そしてラストの数ページでは何とも唐突にそれまでの物語から7年の月日が流れ去ったことが明かされ、その日の小兵衛が描かれる。その「躰も一まわり、小さくなっていた」という描写に、ぼくは、いいようのない寂しさを感じてしまうのだ。この『浮沈』を書きおえて作者は世を去ったと解説にある。(1999/12/19)

『グイン・サーガ69 修羅』 (栗本薫)

なるほど、グインの戴冠は次巻『豹頭王の誕生』になるわけですね。このたびは例の件によってイシュトヴァーンがモンゴールの法廷に引き出される……と。まあ、ストーリーのほうはやっぱりそうきたか、という展開だけど、アムネリスってよほどほんとに男運がないのだねえ。なんだか、彼女がこの物語のなかではいちばんふつうっぽいのにな。
それはともあれ、この巻の題名についてあとがきにて作者の云々。いや、ぼくとしては最初の頃に出てきたウマという動物についてのくどくどしい説明よりは納得しやすいですよ。ああいうふうに説明されると冷めるのだなあ。だから、どちらかというと、ぼくの場合は言葉遣いにひっかかっていたのは最初の10冊くらいですね。これがグインの文体だ、と納得して読めばよいのではないでしょうか?あんまり違和感のありすぎるものは困りますけどね。(1999/12/19)

『黒い家』 (貴志裕介) 感想

いまさらのようですが、話題作です。例の事件とよく似ているというのでとても有名になったようですね。しかし、ここに登場する黒い家の住人たちというのはいったい何なんでしょう?こんな連中がほんとうにいるのか、という問いかけはもはや陳腐なのでしょうか?それに保険というのは、この物語を読むとよほど人間というものの善意に支えられているおめでたいもののように読めてしまうのですが、これもほんとうのところどうなのでしょうか?作者はもと生保会社に勤務した経験があるとのことで、ここに描写されているデータの数々も微に入り細を穿ったものが多く、うなってしまいます。うなっている間にこの物語の質量に押しつぶされてしまいそうになります。やっぱり人間がいちばん怖いなどと書くと陳腐なのでしょうが、黒い家の住人たちは人間ではないのでしょうか?これは物語なのですから、人間ではないとされた彼らがとても怖い、と書いておけばいいのでしょうか?読後に背中を流れていったひどく冷たい汗はいったい何なのでしょう?(1999/12/12)

『アルスラーン戦記10 妖雲群行』(田中芳樹) 感想

7年ぶりの新刊です。細かな人間関係をかなり忘れてしまっているのですが、それでも読み始めると物語のなかに魅き込まれてしまうのは、やはり田中芳樹の筆の力なのでしょう。パルスの王都はすでにアルスラーンによって奪還されていますので、興味は蛇王ザッハークやら銀仮面ヒルメスの動向にあるのですが、前者の色が強くなればますますファンタジー的になっていくのでしょうが、やはりぼくとしてはもう少し政治がらみの話を読みたいと思います。次の巻はいったいいつ出版されることになるのでしょうか?今度はあまり時をおかずに読みたいものです。(1999/12/14)

※Amazon Linkは、2004年刊行の「旌旗流転」「妖雲群行」合本です。

『剣客商売15 二十番斬り』(池波正太郎) 感想

小兵衛が妙に気弱なのが前巻気になったのだけれど、ついには体調に変化が……。しかしながら、ごくふつうの人間に比べるとまだまだその超人ぶりは健在のようです。なにしろ二十番斬りですからね。12巻の表題が「十番斬り」でしたが、あの時に十人を倒したのと比べてみると、単に量的な変化ではないことが明かですね。剣というもので到達しえた境地、それは小兵衛の剣が質的にも変化していることを示しているのですね。最終巻がはたしてどういう収束を見せるのか、とても気になります。(1999/12/12)

『剣客商売14 暗殺者』(池波正太郎) 感想

この長編の冒頭から登場する波川周蔵という剣客は、仕掛人ということでしょうね。この仕掛けがどういう方向にいくかというのが物語の主軸ではあるのですが、友人を失った小兵衛が妙に気弱になっているのも、このシリーズとしてはめずらしいことで興味をひかれます。表題の「暗殺者」はもちろん波川のことであり、どうやらその標的は大治郎らしいのですが、いったい何のために?というところが眼目です。波川が自分をとりまくいくつもの事情にだんだんにがんじがらめになっていくところが、なんとも哀しい物語でした。(1999/12/12)

『木曜組曲』(恩田陸) 感想

あちこちの書評系ページに書いてあるのとぼくも同じ感想をまずは述べましょう。恩田陸のハードカヴァーを2冊も連続して読めるなんて、こんな贅沢なことが許されてよいのでしょうか……。堪能させていただきましたよ。
物語は耽美派の作家である時子の死をめぐって、5人の女性がそれを偲ぶために集会するという設定ですが、よいですねえ。作家の死の真相よりも、物語の各所でさまざまに角度を変えて語られる物語を書くというのはどういうことか、という話題がぼくにとってはいちばん興味深かったです。ミステリの読み方としては邪道なのですが、恩田氏がどういう姿勢でものを書いているのかというところに、つい想像がいってしまいます。物書きとはかくも業の深きものなり……。(1999/12/12)

『象と耳鳴り』 (恩田陸) 感想

『六番目の小夜子』の登場人物である関根多佳雄を主人公とした連作短編集。美しい謎が呈示されると、それらはほんとうは解き明かされることを望んでいないのではないかと思うのはいつものことですが、この作品集にはとりわけそれを強く感じました。人食い給水塔の謎に対していくつかの解決案が示され、しかもあのラストというのはとてもよい感じの「給水塔」。表題作「象と耳鳴り」、象を見ると耳鳴りがするというのは、まるで風が吹くと桶屋がもうかると言われているようで不可思議な感じですが、なるほど、象をあそこに関連づけるのは非凡な連想です。「ニューメキシコの月」、たった一枚の写真からその人となりを想像するというのはこの編のなかにもひかれているようにティの『時の娘』が有名でありますが、ここではしかも風景写真なのですね。最後のページはとりわけ感慨深いものがあります。「廃園」はこのなかではもっとも幻想的に感じました。見捨てられた庭というのはかくも不可思議な閉鎖空間をかたちづくるものなのですね。(1999/12/05)

『ウルフガイDNA 5 マフィア狩り』 (平井和正) 感想

「西城恵登場か!?」と帯にあるのだ。人美の危機を救った男の風体はたしかに西城にそっくりだけれど、なんかキャラクターがちがうぞ。男はライノと名乗っているのだけれど、これって『犬神明』のなかで西城の使っていた偽名だったか……?うーむ、これはもう一度先行作品を読み返してみる必要があるかも。ともあれ、この男が西城だとすると、あれから何十年かは経過しているわけだね。西城も不死身ウイルスの影響を受けているはずだから、下手すると何百年かな……。とにかく、確率的にこのシリーズが<ウルフガイ>の正当な続編である可能性はとても高いわけだな。となると、やはり気になるのは、シリーズ主人公の犬神明(メイじゃなくてね)はいったいどうしたのかということなのだが……。(1999/12/05)

『剣客商売13 波紋』 (池波正太郎) 感想

「消えた女」というのは、どこから?と考えるとなかなか趣深い題名ですね。小兵衛の昔日というのはシリーズ中の随所に語られるわけですが、これもまた格別。表題作「波紋」も味わい深い一編だが、これなどは長編にしようと思えばできるのではいないかというほどの様々な過去の因縁がちりばめられている。結末のたった数行でその因縁の結末が見事につけられており、余韻もひとしおです。
このシリーズも本編はあと3冊にて完結だと思うと、読むのがいかにも惜しい気がします。この巻も一編一編なめるように楽しみました。(1999/11/21)

『百器徒然袋-雨』 (京極夏彦) 感想

こういうのもシリーズ番外編というのだろうか?特殊能力を持つ探偵の榎津礼二郎を中心に描くみっつの中篇。とはいえ、けっきょくのところ主要登場人物は勢ぞろいなのだけれど。
第1話「鳴釜」は、事件のそのものはかなり陰惨なのだけれど、それに反してなんだかスラップスティックなおかしさがあるのは、事件の解決方法によるものだけか?それとも榎津のキャラクタに負うところが大きいのか?どうも、それよりも犯人たちのこういった人間関係というか上下関係そのものに滑稽なところがあるのだろうなあ。
第2話「瓶長」。独立したみっつの中篇なのかと思っていたら、これはこれでつながりがあるようにつくってあるのだな。この編が本来の京極堂シリーズのイメージにいちばん近いような気がぼくにはしますね。瓶で室内室外とも覆い尽くされた屋敷というのは異様でイメージとして秀逸かと思います。
第3話「山颪」。先の2話の語り手がこの巻では<下僕>の代役をつとめるのかと思っていたら、最後になって本家の関口氏が登場。どうも前後の事情があんまりよくは説明されてないのだけれど、それは本編にゆずるのだろうか?<百器徒然袋>なのにどうして<山颪>なんだろうと妙な気もする。この編もなんだか妙にスラップスティックで面白い。しかしもちろん、こんな経過が<紙しばい>になんてなるわけないですよね。うーむ。
前作『百鬼夜行-陰』の<妖怪小説>はなるほどと思ったのだけれど、今回の<探偵小説>ってのはうなってしまう。高踏な冗談かもしれないと悪ぐみしてしまうのはぼくだけなのだろうか?(1999/11/21)

『グイン・サーガ68 豹頭将軍の帰還』 (栗本薫) 感想

来るところまで来ました。ついにケイロニアの豹頭王の誕生です。戴冠式じたいは次の巻に持ち越しのようですが、アキレウスが隠居ということは実質的に彼がケイロニアの支配者ということになりますね。長い長い物語に、ひとくぎりついた感じです。
やはり着目すべきは第二話「女ごころ」でしょうか。かなり大甘な語り口ではありますが、やっとシルヴィアの心中がわかります。でも、どうしてこれが「売国妃」という方向にいくのかは、やっぱりどうも釈然としません。
そういえば、この巻から、巻頭の登場人物紹介のイシュトヴァーンの欄が「モンゴールの右府将軍」から「ゴーラ王」に変わっておりますね。これもなんだか感慨深いです。(1999/11/14)

『東京駅物語』(北原亞以子) 感想

東京駅を舞台に明治から昭和にかけての人間模様を描く連作短編集。ある編の登場人物が次の作品では主人公に、また脇役へと変化して複雑に絡まり合う。
前半と後半ではちょっと途切れた感じになっているのか?まあ、あんまり登場人物にこだわる必要もないのだろうが、どうせなら最後の最後であっといわせてほしかった、などと思ってしまうのは、ぼくもエキセントリックな筋立てのミステリに毒されている証拠ですねえ。もちろん、そういう読み方をする本ではございませんね。
前半では第二話の「待合室」が余韻があって好きです。後半の第七話から第九話でひとつの流れになっているのでしょうが、この中では第八話「戦友」がよいですね。もちろん、これは第七話でバックボーンが物語られているからこそのことなのですが。(1999/11/14)

『模造人格』 (北川歩実) 感想

杏奈には過去の記憶がない。それは交通事故で失ったものだと母親の茜は教えてくれたが……。ある日、茜に置き去りにされたホテルで出会ったのは、杏奈は四年前の猟奇殺人事件で殺されたはずだと言う三人の男だった。
はてさて、この<杏奈>というのは、けっきょくのところいったい誰だったのでしょうかね?次々に登場人物たちから示される可能性とその説明。そのどれもが目の前の事実を証明できているかのようで、なにかが物足りない気がする。二転三転というか、まことにめまぐるしく変化していく事実にとまどいさえおぼえる。物語の結末部で、事実を直接的に説明できる人間はいなくなってしまうわけだが、それがすべてを迷宮へと導いているわけだ。いや、その迷宮は、きっと登場人物それぞれの心の中にこそ存在するのかもしれない。ミステリ風に問いかけるなら、女か虎か?SF者風に問いかけるなら、女か怪物<ベム>か>?ですね。(1999/11/11)

『剣客商売12 十番斬り』(池波正太郎) 感想

これはほんとうに止まらなくなったか?大治郎の生母であるお貞の弟の福原理兵衛を登場させた「密通浪人」、なるほど小兵衛とおはるがいっしょになるにはこうしたことも生じていたのだな、と面白く思った。理兵衛の態度の変化をこういうおちにもってくるのも池波作品らしいところだ。「同門の酒」も面白く読んでいたら、やはり結末において語られる人生の奇妙な因縁。このシリーズはこういう作品が多いので一短編を読了するごとに考え込んでしまいますね。「辻斬り」の後日談である「罪ほろぼし」というのもそういう意味では人間関係の奇妙を描く味わい深い作品、その結末にもほっといたしました。(1999/11/11)

『剣客商売11 勝負』 (池波正太郎) 感想

というわけで、続いて購入した短編集。このシリーズの解説は常盤新平氏ときまっているようだが、各巻で何度も繰り返し、一冊だけ読むというわけにはいかず続けて何冊も読み返してしまうという意味のことを書いておられる。読み返す時ですらそうなのだから、初読にあたっては続きが気になってたまらない。
勝たねば剣術指南役に就けない男との勝負に「負けてやれ」と小兵衛に言われ、悩む大治郎を描く好編の表題作。三冬と大治郎のあいだに子供も誕生し、たいへんに味わい深く贅沢な一編になっている。また、三冬が道場時代に知り合った弟弟子との邂逅を描いた「その日の三冬」がなんともいえずすばらしい。他に、人生の奇妙ななりゆきを背景にした「小判二十両」も考えさせられる一編である。(1999/11/11)

『剣客商売10 春の嵐』 (池波正太郎) 感想

シリーズ初の長編。大治郎の名を名乗る辻斬りがあらわれ、幕閣で対立する田沼意次と松平定信の家臣を次々に刃にかける。小兵衛は探索をはじめるが……。
小兵衛も大治郎も市井に生きる人間であるから、シリーズのこれまではあまり政治そのものには深入りせずに描かれていたと思う。意次の政治に対する姿勢ということでそれが示されることはあっても、むしろその周辺を描いてきたのではないだろうか?もちろん、そうして体制から外れている人々を描くことで物語には深みが増していたわけである。この巻は長編ということもあって、今までに比べるとやはり仕掛けが大きくできている。それが楽しくもあるし、やはり短編でもっと読みたいとも思った。 (1999/11/11)

『俳優 異形コレクション』 (井上雅彦編) 感想

異形コレクションも第13巻。たいへんおめでたい巻数である今回のテーマは<俳優>。
森真沙子の「肉体の休暇」は、こういうことってあるのかもしれないと妙に納得してしまった。俳優っていうのはやはり一種のモンスターなのですよね。斎藤肇の「柚累」で描き出される舞台というか世界は、今回の編中ではもっとも気に入ったものです。まさに異形。筒井康隆の作品を思い出しました。横田順彌の「飛胡蝶」は例によって押川春浪シリーズですが、今回はべつにシリーズに組み込む必要はなかったのではないでしょうか。独立させてもなかなかに味わい深いと思います。早見裕司の「決定的な何か」は声優を扱った異色作品、意味深いタイトルには意味深い結末がありました。(1999/10/31)

『覆面作家の夢の家』 (北村薫) 感想

<覆面作家シリーズ>完結巻。けっきょく完全に文庫化されるまで待ってしまいましたね。もちろん完結巻ともなれば気になるのは良介と千秋の行く末なのだけれど、題名が夢の家なのだから心配はいらないやね、という感じですね。
第一話「覆面作家と謎の写真」というのは作者お得意の日常の謎に属するものだけれど、こういうのはどうなんだろうなあ?謎としてはともかく、どうも感覚的に好きじゃないんだけど。作中にあるマリエンバートで写真を撮ってきて、一年経ってからアルバムに貼るってやつのほうが数段お洒落だと思います。
第二話「覆面作家、目白を呼ぶ」はまことにもってしまったことをしてしまった(笑)。これ、先にNHKで放映されていたドラマのエピソードに入っておりましたよね。先に見るんじゃなかった。
完結話「覆面作家の夢の家」は、なんだかとってもよい。ドールハウスに仕掛けたダイイングメッセージの謎かけは秀逸。凝りに凝っておりますね。しかし、これって、もし解けなかったら藤山さんって人はどうする気だったんでしょう?「解かれるとは思わなかった」ってのもどうかと思うのですが。こういう、いらないことを考えるから、ぼくはミステリ向きじゃないといわれるのでしょうね。(1999/10/31)

『アメリア・ジョーンズの冒険』 (ドロシー・ギルマン) 感想

雑貨店を商品込みで買ったアメリアは、商品の手回し楽器ハーディ・ガーディのなかに不思議なメッセージを見つける。アメリアは楽器の来歴をさがしてみることにするが……。
主人公は自閉気味という設定にしてあるようだが、どうもこの設定はよい意味で裏切られているようだ。どう読んでも主人公が暗さを持っているようには読めないものね。まあ、だからといって、帯にあるようにギルマン作品の主人公の誰でも彼でもを<おばちゃま>ことミセス・ポリファックスと比較してしまうのはどうかと思うけれど。それと各部の冒頭にひかれている『古城の迷路』っていう作品、なんだか面白そうで読んでみたいなあと思ったら、作中作なのですね。その象徴するところはあまりにも明瞭だけれど、本作の主人公は見事にその迷路から抜け出せたようで、と書いておいてもギルマン作品に限ってはネタばらしにはならないでしょう。(1999/10/31)

『ウルフガイDNA 4 神話人種・負の遺産』 (平井和正) 感想

ポスト・ハルマゲドンってどういう意味だろう?ハルマゲドン後ってことだろうけど、それはウルフの世界ではすでにハルマゲドンがおこっていて、ここで描かれているのはその後の世界ってことかな?帯の文句を見てふとそんなことを思ったのは、どうも出てくる小物とかが近未来っぽい設定だからなのだね。いったい、ここは西暦でいうと何年頃なのだろう?それとも、単に、『幻魔大戦』を筆頭とするハルマゲドン・ストーリーの後に書かれているシリーズってことなのかな?どうも、単純にそうだとは思えないのだがなあ。そういえば、アダルト・ウルフの第1巻『狼男だよ!』がハルキ文庫より復刊とか。これで、メディアはともかく、ほとんどすべてのシリーズが入手できるようになりますね。(1999/10/31)

『透明な一日』 (北川歩実) 感想

交通事故で脳に損傷を負い、長い間は新しく記憶を行なうことができない前向性健忘症になった科学者。彼にとっては月日は同じ毎日にすぎなかった……。彼の娘との結婚を許可してもらいに訪問をした主人公だが……。
設定がうまい!!その日は1月7日で、何人かが彼の自宅に集まって話をしようということになっていた。だから、誰が来ても来なくてもおかしくはない。窓は防音になっていて、気温は空調でごまかす……。ううむ、いや現実にこういうことが可能かな、と考え込んでしまいましたね。できたとしても、これでは周囲の人間がノイローゼになりそうです。以前、TVで見た前向性健忘症の症状とは少し違っているようで、なるほどこれなら1日という時間をごまかすことができるのかもしれない。しかし、人間は成長し、または老いていく。魅力的な設定ですね。連続殺人が身近で起こったとしても、彼は記憶していることができない、あるいは彼自身が事件に関与していたとしても……。
驚愕の真相と帯に書いてあるけれど、この場合は嘘偽りのない言葉ですね。読み始めてから読み終えるまでうなりっぱなしでした。(1999/10/17)

『閉じられた環』 (ロバート・ゴダード) 感想

1931年、豪華客船に乗りこんだ詐欺師のコンビは有名な投資家を父親に持つ美女ダイアナと知り合う。これぞ絶好のカモとばかりに策略を巡らすふたりだったが……。
背景を1931年に置いているとはいえ、物語はどうやらリアルタイムで進行するような感じだったので、じつは購入するにあたっては、散々迷った。なにしろ『蒼穹のかなたへ』は口に合わなかったので、その傾向のものだとどうかな、と思っていたのである。しかしながら、そのような心配は無用でした。ストーリー展開は読んでいて飽きるようなものであはまったくありません。いささか見え透いた部分もあるものの、かなり楽しめました。しかしながら、やはりぼくとしては、ゴダードに期待したいのはもっと陰鬱で重層的にのしかかってくるような過去からの影です。ラストシーンも、なんだかとってつけたような感じがしたのですが……(1999/10/17)

『ウルフガイDNA 3 華麗なる仮面騎士団』 (平井和正) 感想

シリーズが<ウルフガイDNA>に移ってからどうも気になっていることがひとつある。それは、このシリーズにあとがきがないということなのだ。考えられますか?あとがきのない平井氏の本なんて……。あとがきのない平井氏の本というと、角川から出ていた初期の短編集くらいしか思い浮かばないよ。どうなっておるのかなあ。それとも、電子出版のバージョンにはきちんとあとがきがあるのだろうか?そういえば、以前に出版されていたAcrobatバージョンでは、作者コメントが本文のあちこちに入っていたっけ……。今度のファイル形態は試してみていないのだけれど、同じような感じなのだろうか?なんか気になりだすと、気になって気になって仕方ない……(1999/10/17)

2008/11/08

『ねらわれた学園』 (映画) 感想

GYAOで『ねらわれた学園』をやっているので、観ました。薬師丸ひろ子がかわいいですね。眉村卓の原作とは大幅にイメージが違うこの映画、何度観ても、敵役を演じる峰岸徹の怪しさにひいてしまう……いや、これはこれで面白いのですがね。

GYAOでもYahoo動画でもいいから、原田知世のTV版を流してほしいと思います。京極少年の妖しい(上とは字が違うことに注意!)感じが秀逸。ぼくはこっちのほうがやっぱり好み。TV版のラストシーンは感慨深いのです。昔は素直に納得にていたけど、今思い返すといろいろと考え込んでしまいますね。


2008/11/06

マイケル・クライトン氏の訃報

http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2008110600103
マイケル・クライトン氏の訃報。
『アンドロメダ病原体』『ジュラシック・パーク』楽しませていただきました。『ウエスト・ワールド』の監督もクライトン氏でしたね。
ご冥福をお祈り申し上げます。



2008/11/04

開設12周年

11月4日にて、<書庫の彷徨人>サイト開設12周年です。あんまり更新していませんが、細々と続けていきますので、よしなにお願い申し上げます。
何年か前の日記でも書きましたが、うちの基本方針は「少愛永愛」。『国民クイズ』で、原子力空母<大原麗子>の甲板に書いてあった文字がこれ。もとねたは、昔、サントリーレッドのCMで流れていたアレですね。「少し愛して、ながーく愛して」というやつです。

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