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2009年2月の19件の投稿

2009/02/27

【訃報】フィリップ・ホセ・ファーマー氏

フィリップ・ホセ・ファーマー氏の訃報を知る。

http://www.pjfarmer.com/

http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200902260013.html

『果しなき河よ我を誘え』にはじまる<リバーワールド>シリーズを読んでいたのは、ぼくがまだ中学生くらいの頃の話。たしか、「中一コース」だかの新刊紹介で知って、なんだか凄そうな話だと思って本屋に走ったのだったよ。紹介以上のものすごい話で、何度も読み返したのだ。果てしない河の流れる未知の惑星に、今まで地球に生きた人々が時代を取り混ぜて生き返るという、疑似的な死後の世界を描いたもの。たしか第1巻の主人公は探検家のリチャード・バートンで、第2巻はマーク・トウェインだった。懐かしいです。

ご冥福をお祈りいたします。

2009/02/11

『あい色神話』 (大和和紀) 感想

しっとりした感じの連作。掲載は「少女フレンド」らしいが、あの雑誌の対象年齢ってどのくらいなのだろう?ずいぶん大人っぽい。第1章が1970年で主人公は高校生。学生運動うんぬんという会話とか、自主製作している映画が「トーキーじゃない」というところに時代を感じるなあ。第二章は1974年で20歳の大学生。第3章は1976年で結婚話が出ている。そして第4章が1980年。70年代の10年間にあたる。だから主人公たちとぼくは学生時代を過ごした年代が10年以上ずれているわけだけれど、ふしぎなノスタルジーを感じます。併録は「ねむり草の夢」(2008/11)

『バスジャック』 (三崎亜記) 感想

「二階扉をつけてください」 うわあ。身につまされる。世の男性陣が了解していない事項の最たるものに、
ご近所とのつきあいというものがある。<回覧板はちゃんと読まなくちゃ>のシュールさにやられた。
「しあわせな光」 ほんの3ページ余の掌編。文庫の帯には「すごい本です」とあり、たとえばこれを読めとアドバイスしている。たしかに、これだけでしあわせになれるかも。
「二人の記憶」 男女で評価が分かれるのではないか?これは男のわがままなのかそれとも愛なのか?
「バスジャック」 表題作。バスジャックが娯楽として認知された不条理な世界を描く。バスジャックが形式的になり、その犯人たちを表す用語にシテとかツレとか能の用語をあてはめているところに奇妙な味を感じる。
「雨降る夜に」 掌編。状況を冷静に考えるとホラーなのだが、そうはまったく読めない。主人公がうらやましい(笑)
「動物園」 これはすごい。<動物がいる空間そのものをプロデュースする>ということを淡々と語ってみせ、あたりまえの現象として描いてしまうやり方は、何と言ったらよいのか?
「送りの夏」 <人の心なんてそんなにきっぱりけじめがつくもんじゃないからな>とはいえ、皆が皆こういうことをしだすと、怖いような気がする。いかにそれが<自分ではどうしようもない選択肢>だとしても。生と死は、やっぱり隔たりがないといけないのじゃないかな。(2008/11)

『過去への電話』 (福島正実) 感想

「過去への電話」「真昼の夢」「混線」「目覚めのまえ」「話か酔いか」「因果応報」「超すに超されぬ」「いただき」「こちらケープ・ケネディ」「白い大陸が燃えるとき」「生きている大和」「波間」「エアポケット」「アイ」「涼しい風の吹く夜には」「ちがう」

1984年旺文社文庫の古書。表題作は『ホラーSF傑作選』(豊田有恒)編 にて既読。『出口なし』とかぶっている作品あり。長さとしてはショートショートが多い。

「過去への電話」の導入部は、やはり秀逸だと思う。日本SFのアンソロジーを組ませていただけるなら、ぜひ収録したい一編。「超すに超されぬ」は、『出口なし』では「越すに超されぬ」になっているが、意味的に角川版のほうが正しいのだろうか?(2008/11)

『出口なし』 (福島正実) 感想

「沈黙の夏」「出口なし」「不定愁訴」「分茶離迦」「因果応報」「越すに越されぬ」「真昼の夢」「過去への電話」

古書店で見つけた昭和49年の角川文庫。「過去への電話」は以前に『ホラーSF傑作選』(豊田有恒編)で既読。そのイメージがあったので、フィニイのような作品が多いのかな、と思っていたのだが必ずしもそうではないハードな味わいのものが多い。自然破壊が進んだ状況を描く「沈黙の夏」。<愛しすぎることは復讐されることだ>という組織対個人の関係性を月面都市に描き出した、現代の鬱病問題に直結するように読める表題作「出口なし」。どれをとっても古びた感じがせず、読み応えがあります。堪能いたしました。(2008/11)

『コールドゲーム』(荻原浩) 感想

高3の夏、突然はじまった中学時代にいじめていたトロ吉の復讐。光也たちはトロ吉を探しはじめるが…。

何というか、この反省しない主人公たちに同情できない。行きすぎの感はあるにしても、やり返されて当然だろうと思ってしまう。復讐に現れたトロ吉の外見とかエンディングを考えるに、アメリカン・スプラッタ・ムービーのパロディなのだろうか?しかし、スプラッタな映画は積極的には悪意のない主人公たちが怪物に追い詰められていくのであるが、この作品はそうではない。やられるだけのことをしているではないか?
「カンタンなひと言さえあれば、誰も死なずにすんだのかもしれない」 その言葉「やめろよ」はいじめ問題の標語でもよく使われる。しかし、当事者たちは言わないし、言ってもらえない言葉なのだ。集団の心理はおそろしい。

「コールドゲーム」って、主人公が野球部員で地区予選をコールド負けしたことと、トロ吉の冷たい復讐劇にかけているのだろうかな。あと思ったのだが、どんな理由があるにしろ、途中でドロップしてしまえばコールド負けだ、ということを言いたいのか?でも、ドロップしないことと復讐はイコールじゃないだろう……。なんだか後味が悪かったですよ。(2008/11)

『容疑者xの献身』 (東野圭吾) 感想

「探偵ガリレオ」シリーズはTVドラマ化され、この初長編は映画化。今や、東野圭吾氏の代表作のひとつであるし、ミステリを読まない方でも、あれかと思われるほどの有名な作品になっていますね。
不可解な事象を大学助教授の湯川が解決する筋立てですが、ここで正直に告白しておくと、第一短編集の『探偵ガリレオ』を読んだ時は、ちょっと物足りない感じがしました。これだけの設定なのに、短編だけというのはちょっと、というのがまあその理由です。それで、第二短編集も読まないままになってます。
対して、この長編第1作は堪能できました。湯川のキャラクタを生かすには、やはりこのくらいの長さが必要なのではないかな、と思ってしまいます。対置してある容疑者xこと石神の「献身」の内容には、思わず唸ってしまいましたよ。読まずにおくと損するところでした。(2008/10)


『ママの狙撃銃』 (荻原浩) 感想

ガーデニングを趣味とする平凡な主婦 曜子は、幼い頃アメリカで祖父に育てられ銃を仕込まれた。そして、一度だけ祖父の代わりにスナイパーの役を担ったことがあった。日本に戻り25年、ふたたび仕事の依頼が……。

力と正義はけっしてイコールではない。アメリカ的気風に、日本人はなじまないのでしょう。曜子の祖父の言うことも判らないのではないだがなあ。そういうアメリカ的日常を曜子の回想で描き、ふたりの子供を持つ平凡な主婦の日常を並行で描く。そして過去からの影。魅力的な設定でありますね。曜子の中にある矛盾した心の動きと、それが表出してしまう瞬間、例えば子供のいじめに対する報復シーンに見られる二律背反が面白いのです。力を振りかざしてはいけない。銃で人の命を奪ってはいけない。信号は守らないといけない。それらは、すべて人間が平穏に生きていくためのルールです。では、ルールを破るということはどういうことか?それは、比喩ではなく曜子が背後に背負うことになるモノに明らかではありませんか?それでもルールの外側を行くと決められるのか、と問われているわけです。そして、曜子がルールを破るのは、けっして自分自身のためではない、とぼくには読めるのですね。いや、だから正当だと言っているのではなく、大きな負債を彼女自身が背負うことになる。それも、家族にけっして知られることもなく、です。これは、決断についての物語なのだと思うのですよね。

さて、余談ですが、この物語を読んでいる最中に頭に浮かんだのが『ザ・ハングマンV』という昔のテレビドラマです。シリーズ唯一の女性リーダーであるパピヨンの表の顔は平凡な主婦。演じたのは山本陽子さんでした。放映当時の年齢は、ちょうどこの『ママの狙撃銃』の曜子くらいだったと思います。曜子と陽子。いや、妄想をたくましくしすぎでしょうか。(2008/10)

『ザ・ハングマンV』はDVD出てないのかな?リンクは第一シリーズです。

2009/02/08

『百鬼夜行抄 17』(今市子)

「狐使いの跡継ぎ」 「見返りの桜」「付け馬」「黄金の山」「鼠の糸巻き」の5編。
最近は軸になる話というか進展があんまりないような気がする。一話完結はそれはそれでうれしいのだが、であれば「付け馬」のように蝸牛の話をもう少し読みたいな、とも思う。面白かったのは「黄金の山」。律の周囲は妙な輩が多いけれど、ゼミの先生までこれか。縦書き原稿用紙に万年筆のレポートなんてアナクロで大好きかも。そういう講義こそが、でもほんとうの力になるんだろうな。佐久間先生なかなか素敵。再登場希望です。(2008/10)

『深追い』(横山秀夫) 感想

「深追い」 事故死した夫のポケベルに今夜のメニューを送信し続ける妻。他の作家であれば、怪談めいた展開を期待したくなるところ。主人公の警官との間に核心に触れる会話がないまま進む見事な心理劇。
「又聞き」 子供の頃、海で溺れかけたところを救われた少年が警官になった。15年経ってから知る真実は、やっと彼を解き放ち大人にさせたのだろうか?
「訳あり」 人間なんだから、いろいろあるよな、と思う。再就職先の決まらない定年の巡査長に使えないキャリア課長。最後の場面に救われるような気持ちになる。
「仕返し」 <人生はやり直しがきく>とある。そう信じられるのは、いや自分に信じこませようとすることができるのは、基本的には幸運であるからだ。不幸な人間は仕返ししか考えはしないだろう。
「人ごと」 しんみりした話。<セントポーリアは……人間とよく似ていると思います> いい感じで読了できました。(2008/10)

『動機』 (横山秀夫) 感想

「動機」 一括保管された警察手帳は、なぜ盗難されたのか? 何もかもを組織の論理と腹芸で治めようとするところに、組織の弱さがあるのではないか?皆が皆そのように動くわけではあるまい。組織よりも個人だと思う人間が、組織の中には混じっている。
「逆転の夏」 過去を持つ男の人生の空しさ。夏という季節さえもが空虚に感じられる。憎しみの負のスパイラルから抜け出すには、いったいどうすればよいのだろう?何も終わっていないように思うのだ。なぜに「逆転」なのか?
「ネタ元」 よくわかる。会社勤めの人間って大なり小なりこういうことをしてるように思う。そして迷っていると思う。迷いながら、でも働くしかないのだよ。
「密室の人」 裁判官が法廷で居眠りした理由とは?<茶の湯は形ではありません>か。裁判は形なのかな?何もかもが言い訳めいて聞こえる。(2008/10)

『守護天使』 (上村佑) 感想

これは面白い。ハゲ、デブ、そして貧乏。思わず我が身を振り返ってしまうようなオヤジが主人公である。「太っているから」という理不尽な理由でリストラされ、一日換算750円の小遣いに耐える。そんな主人公の啓一が、通勤電車で見かけた女子高生に恋をする。いや、恋をするといっても見ているだけなのだが。
いやあ。啓一がいわれなき悪意から拉致された少女を助けようと立ち上がってからがすばらしい。この思い込みの激しさはいったい何なんだろう。彼女の「守護天使」にならなきゃとか、常人の発想ではないわいな。どうしてあんなパワーが出るのだろう?なんて爆笑だけしているわけにはいかないのかもしれない。それは、啓一が恐れる鬼嫁であるはずの勝子が終盤になって子供たちに打ち明ける話とかからも明らかであるよ。ふだんは「あのグズロク」とか「うちのカイショなし」なんて呼ばれても、やるときはやるのがやっぱり男なのだよな。って、ちょっと感動して本編を読了したのに、外伝のあのラストはなんなのさ(笑)。最高ですね。
なんでも、カンニング竹山さんの主演で映画化されるとか。見たいような見たくないような(笑)。

『少女には向かない職業』(桜庭一樹) 感想

「中学二年生の一年間で、あたし、大西葵は、人をふたり殺した」というのが冒頭の一文。だから、<職業>というのはこの場合、殺人のことである。いや、待てよ。職業というからには対価を得ていなければいけないのではないか?葵はこの場合、何を得たのか?「ふたり殺した」と明言するからには、もうひとりの少女である静香は殺人者としてカウントしないのだな?とすれば、葵が得た対価とはすなわち静香その人であったということになる。
何か、後ろ暗い秘密を通してしか人との関係性を保てないのであれば、それは友情だろうか?葵も静香も家と学校では印象が異なる人物だ。どちらが本当ということではない。あの時期は、そのどちらもが本当なのだろう。家との関係という私的にすぎる部分で繋がってしまったふたりは、でもやっぱり不幸である。いや幸せなのか。無理矢理に何かを本当にしてしまうことはないのにな、と思うのだ。あの時期は何もかもが練習なのだから。(2008/10)

『クローズド・ノート』 (雫井脩介) 感想

前半の万年筆売り場のシーンはとても魅力的だと思う。アルバイトしている時というのはこういう感じなのではないか?世間知らずな感じの大学生が売り場でまごまごしているのが、微笑ましい。職場の人たちもそれを見守っているようだけれど、現実だとここまでは甘くないような気も。恵まれておるなあ、と思う。
対して、メインの謎である伊吹先生のノートのほうとなると、ちょっといただけない。ノートに書かれている通りの人間性を持った小学校の先生が、果たしてノートを忘れたりするだろうか?とは考えないのだろうかな。それに、字がびっしり書いてあるとはいえ、たった一冊のキャンパスノート。読むのに一晩以上かかるとは思えないのであるよ。いや、まあ、それだと物語が成立しないわけであるが。
良くも悪くも、これは謎解きがしたいわけではなく、主人公に伊吹先生の思いを継がせたいという動機の物語なのだな、と感じながら読みました。読了して解説を読み、なぜそうなったのか判るような気がしましたよ。主人公の必要以上の幼さもそのためのものなのでしょう。
余談ですが、映画化された際にこの主人公を沢尻エリカが演じたというところが、どうもピンときません。どうもイメージが違いすぎます。が、どうもDVDのレビューなど読むと評判いいのですよね。女優さんとしては優秀だということなのかな?沢尻さんの世評に惑わされずに観てみようかな、と思いました(2008/10)

『グイン・サーガ123 風雲への序章』 (栗本薫) 感想

やっとグインが名実ともに豹頭王となった感じ。シルヴィアがその後どうなったのか、詳しくは語られていないところに、ちょっと納得いきかねる感じが。そこがいちばん重要なのではないの、という部分を置き去りにしたまま、物語はイシュトヴァーン側に。いや、まあ、スーティとフロリーの動向もそりゃあ気になるところではあるんだけれどね。これで三国志になったかというと、それはちょっと違うのでは?<パロ中興の祖>はレムスだったと思うのですよ。この後、まだレムスが本編に復帰する話とかあるんじゃないかと思う。それでやっと三国志なのかな?というか、まだ外伝の1巻時点に辿りついていないのだな……・。(2008/10)

『ウルトラマン STORY0 7』(真船一雄) 感想

レオ編完結。「第二の故郷と呼ぶ惑星にたどりり着くには 気の遠くなるような年月が必要であった」で結ばれている。TVではアストラはあのままの姿でしか登場しなかったけれど、レオと同じく<獅子の瞳>が変身アイテムなのだな。そしてエース・フレア・ゴライアンの異次元戦闘編を挟んで、物語はふたたびジャックの留まるハクリたちの村へ……。冒頭のグライダーは<流星号>というのだな……。(2008/09)

『あやし うらめし あな かなし』(浅田 次郎) 感想

著者が伯母から聞かされた「こわい話」や実体験をもとに紡ぎだす怪談。

「赤い絆」 美しくも哀しい物語。最後の一文にぞっとした恍惚を感じる。高橋克彦の『緋い記憶』に似た味わいだと感じた。
「虫篝」 パパもどき。<不都合などこれっぽちもあらへんやないか>との言葉にかなり考え込む。男の結論としては、じゅうぶんに首肯しうるところである。
「客人」 招き入れることなくば客にはならぬ。この女を怪にするも否も、いずれ男次第ということではないか?思えば、現実の世もそのようなものなのかもしれない。
「お狐様の話」 狐が憑くというのは古来確かにある話らしい。我々が狐と呼ぶのが何であるのかは判らないが、いまだ人智の及ばぬところであるものだろう。<人のできぬことは、神様にだってできはしない>とはそういうことであろう。全編中、この作品がいちばん理不尽に思えた。(2008/09)

『目薬αで殺菌します』 (森博嗣) 感想

Gシリーズ第7弾。って、まだシリーズ継続していたのか。Xシリーズの1作目がなんだか口に合わなくて読むのを休止していたのだけれど、これってまた物語が繋がっていたりするのかな?ううむ。文庫化のタイミングでも狙って読むかなとか思ってしまったのだが、ノベルズで買っても文庫で買ってもあんまり値段の差はないのだよね。とするとまとめ読み?
あいかわらず思わせぶりに犀川と萌絵が登場。結婚しているのかという話題が出てくるが、あいかわらず「西之園君」とか言っているしどうだろう。いや、職場結婚ならそう呼ぶか。ヒルダじゃなくてカイザリンって呼ぶようなものだね(笑)
けっきょく目薬事件って何だたのかとか、深読みすればいくらでも深読みできるような気もする。でも単発作品として表層的に読む分には盛り上がりに欠けるのか?いやいや、この作品を単発で読む人とかあんまりいないのだろうし、これはこれでよいのかな。シリーズ最後には赤柳さんの正体くらいは明記されるとよいなあ。(2008/09)

『リピート』 (乾くるみ) 感想

『イニシエーション・ラブ』が面白かったので、続けて購入してみた。『リプレイ』+『そして誰もいなくなった』とある通り、順に人が減っていく。変わっているのは、ミステリであるのに現在の記憶を持ったままで十か月前の自分に戻れるという「リピート」が前提になっていること。面白いのだけれど、これはやっぱりどちらかに絞るべきなのではないかな、と思った。人生やり直しものはいくつも読んだけれど、その興味は今回はどうやり直すのかということにあるわけです。そこにミステリ的な事件を混ぜるとその興味が分散してしまうような気がする。
思うに、たいていの過去の作品では主人公たちは積極的にやり直したいわけではないのですよ。巻き込まれるか失った何かを取り戻すために仕方なくという感じ。そこが根本的に違うのだな。大森望氏の解説でも触れられている通り、この作品では「最後までリピートしつづけるものが勝ち」という特殊な世界観(とぼくには思える)になってしまうのだ。いったい何のためにリピートしたいのか、よくわからなくなってしまう。誰かが持っているリピートという特権を自分が手にできないのが許せない、ということだね。そのドロドロさ加減がミステリ的でありSFじゃないということなのかもしれません。物語としては面白かったのだけれど、人生繰り返しテーマとしてはちょっと食い足りなかったです。(2008/09)

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