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2009/04/11

『ハッピー・バースディ』 (新井素子) 感想

暗い。まあ、なんとなく想像はしていたんだけれど、これほどとは。ある意味『あなたにここにいて欲しい』より、『おしまいの日』より、『チグリスとユーフラテス』より読んでいてつらいのだな。小説の書けなくなった作家の話など読むものではないなと身にしみます。すくなくても精神的に不調な人は読まないほうがよいでしょうね。
しかし、あれだな。読者のほぼすべてが思っただろうけど、作中とはいえよりにもよって新井素子が一人称の物語を評して「かなりの確率で、”下品”になる」などと言うとは。いや、まあそれはその通りなのだろうけれど、新井氏はご自分が書かれてきた物語をどのように思っていらっしゃるのかとちょっと不安になった。一人称だけれど主人公は無意味な自己主張なんてしないのでとっても上品なのよ、とは思っておられないだろうな?
いや、誤解なきように改めて言っておくが、ぼくは新井作品の一人称な自己主張が大好きである。なぜかといえば、そこには登場人物の語る本音が生々しくあらわれているからだ。妙な言い方だけれど、新井作品の地の文は作者がかなり前面に出ていて、だから作者が作品に対して施している計算が見え隠れし、時にげっそりした気分にさせられるよね。<あ。ここでは○○さん、△△だから××って思ってるのね>というのが代表例か。これなどは計算とも言えぬ作者の声でしかない。しかし、これと一人称主人公の生々しい肉声が、何というか絶妙のバランスを保っているのだな。キャラクタと作者の幸福な共存とでも言ったらよいか。このバランスを楽しめるかどうかが素子ファンであり続けられるかどうかの境界線ではないかな?
まあ、そういう意味で、この物語の主人公のひとりである<あきら>がかなりの度合いで作者新井素子を反映しているのでは?という読み方をするとけっこう面白いかもしれない。もちろん、作中人物なのだから、まるまる100%(笑)というわけではないだろうが……。なに?(笑)の意味がわからない?いや昔々そういう特集誌があったのだよ。まあ、どうでもよいだろうが。(2002/11)

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