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2009/10/25

『スクール・デイズ』 (ロバート・B・パーカー) 感想

高校で起こった銃の乱射事件。犯人として逮捕されたのは、ふたりの男子生徒だった。スペンサーは、そのうちひとりの祖母から依頼を受けて調査を始めるが……。
ホークが登場しないのは、これが荒事に属する物語ではなく微妙な問題を孕んでいるからなのだろう、と容易に想像できる。そして、スーザンまでもが学会のため最終章まで登場しない。前者はともかく、後者はなぜなのかといぶかしんでいたら、物語の後半に至って推理向きでないぼくの頭にも真相がおぼろげに判ってきて納得。今度ばかりはふたりにバカップル(褒め言葉ですよ)ぶりを発揮させるわけにはいかなかったのだろう。スーザンの不在そのものが、叙述トリックのようなもの(笑)なのかもしれない、と思った次第。
「おれは全員を救うことはできない。それどころか、救おうとした人間の半分も救えない」 スーザンのこと以外では、スペンサーはいつでも冷静だ。仕事は善悪の理の外側にある。
「わずかな希望でもないよりはましよ」ということをスーザンは「あなたから学んだの」とスペンサーに言う。しかし、ある登場人物に対する「そのまえに詩の才能を磨かないと」という明確な拒絶は、その人物にわずかな希望も与えない。このあたりの平衡感覚が、スペンサーの面白いところだと思うのである。

この巻より訳者は加賀山卓朗氏に。菊池光さんが2006年に亡くなられ交替。翻訳ものの場合、訳者が変わると違和感が大きかったりするのですが、これは大丈夫でした。


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