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2009年12月の19件の投稿

2009/12/28

『ちはやふる 1~4』 (末次由紀) 感想

本屋に置いてあったサンプルを「ちはやふる」といえば落語にそんなのがあったなあと、何気なくパラパラと読んでみたら、えらく面白い。ぜひ続きが知りたくなって購入。とりあえず、いっぺんに読むともったいないと思ったので、7巻まで出ているうちの4巻まで。

小学4年生の千早は、福井からの転校生 新に百人一首競技かるたを教えられる。美少女コンテストに入賞するような姉の千歳に多少のコンプレックスもある千早。だが、彼女には名人である祖父に教えを受けた新をも驚ろかせるような才能があったのである……。

いやあ、競技かるたって存在は知っていたけれど、こんなに激しいものなのか。まるで格闘技ですな。札を記憶する知力、相手のすばやさに勝る体力、そして次に読まれる札は何なのかという時の運。これは面白い。まずは、競技シーンの緊迫感が最高。新の武器は記憶力と目、千早の武器は札が読まれる瞬間を「感じ」られる耳。と特色があるのも、面白い。
千早・新・太一で構成される微妙な三角関係も、凡百の少女漫画のようにべったりしたものにならないのがいい。
ああ。二巻目までの小学校編をもう少し読みたいような気もしたけれど、本題は高校生になってからなのだね。高校生になった千早が、姉に劣らずの美少女になっているのに、周囲に「無駄美人」とか言われているところとか、キャラが立っておるなあ、とも感じる。
あと、スポーツ漫画以上に台詞が熱い。「自分のことでないと夢にしたらあかん」「あたしが知ったのはかるたじゃない 情熱だ」「青春全部懸けたって強くなれない?懸けてから言いなさい」「仲間にするなら かるたの天才より 畳の上で努力し続けられるやつがいい」 と、こうだものね。

ひさびさに、いい漫画を読ませていただきましたよ。続き、明日買おうかな…。



2009/12/27

『月島慕情』 (浅田次郎) 感想

「月島慕情」 世の中には表と裏。「贋いものの幸せはいらない」。幸せに本物とか偽物とかあるのだろうか?いや、ないんじゃないのか?ただ、幸せには表と裏があるだけだ。せつない。
「供物」 忘れ去ったと思ってはいても、何かが心の、あるいは身体のどこかに刻まれているのではなかろうか?そんなふうに思うのは、自分が女ではないからなのか?
「雪鰻」 戦争だけはするものではない。こういう話を読むとつくづくそう思う。
「冬の星座」 弔いのかたちは死者の人品を語る…か。このように、惜しまれていきたいものだが、まだそれだけのことをしていないな。
「めぐりあい」 こういう話が心に応えるようになるとはな……。苦手なんだよね、泣ける話は。
「シューシャインボーイ」 「頼みの綱は、おまえだけ」 若僧などというものは、目上の人間に何を言われているのかなんて、最後の最後までわからないものです。判った頃には若僧ではない、ということですね。そのときに言われたことを、どう思い出すのか。逃げないことだ。

『四度目の氷河期』 (荻原浩) 感想

父親のいないワタルは、遺伝子研究を行う母親がかつてロシアにいた事実から、自分の父親はクロマニヨン人のミイラではないかと想像する……。
男の子が、18年かけて自分を確立させていく話である。読んでいて、途中で何度かワーとか叫び出しそうになった。なんというのだろう?かつての自分を思い出して、恥ずかしくなるのであるな。男の子には誰だって、「秘密の夏」があるんだろう。それを乗り越えなければ、大人にはなれないのだな。

『松本清張短編全集06 青春の彷徨』 (松本清張) 感想

「喪失」「市長の死」「青春の彷徨」「弱味」「ひとりの武将」「捜査圏外の条件」「地方紙を買う女」「廃物」「運慶」

「青春の彷徨」 美しく死のうだなんて、虫がいいのではないかと思われる。
「地方紙を買う女」 新聞の直接購読というのは、まだあるのだろうか?ネットで検索するのでは、これだけのドラマにはならないであろう。

『松本清張短編全集04 殺意』 (松本清張) 感想

「殺意」「白い闇」「蓆」「箱根心中」「疵」「通訳」「柳生一族」「笛壺」

「箱根心中」 ふたりの男女の心の動きが面白い。心中に至る心理というのが、どうにも理解できぬのであるが、このようなことであれば、あり得るのかもしれぬと思う。
「通訳」 史実にはけっして記されぬであろう、こういった事柄を読むのが好きである。史実とは、「言語渋訥」なものなのである。

『逃げ姫』 (眉村卓) 感想

古書
・「逃げ姫」 世界のルールは、自分がそこに属しているからこそ、ふつうのものに感じられる。一歩引いた目で見れば、自分たちのルールも奇妙なものかもしれない。そういう思考は大事だよな、と思う。問題は、どこまで引いてみるかということに他ならないのかも。
・「見知らぬ私」 人間は何かに支配されている。自分がその何かの側だとしたら?少数に廻りたい人間というのは、案外に少ないと思う。
・「信じきれない」 相手をほんとうに好きになった瞬間にだけ働くテレパシー。これは、常時心が読めるよりもかなり不幸な状態では?
・「彼が消えた」 お金以外にもっと大事なものがある、というのと「愛の紙幣」はいささか矛盾しているような気もするのだがな。人間は、そんなものでしか、形のないものの価値を示せないんですかね…。
・「奇妙な夜」 世の中に属するということは、ほんのささいなズレでだめになってしまうのだな。属せないのだとして、その時に誰といるかというのは重要ですね。

『素顔の時間』 (眉村卓) 感想

古書
・「点滅」 人間に内在する欲望は正しいものなのか?それが、外部からもたらされているとしたら?欲望が何もなければ人間ではないわいな、とも思う。いつの間にやら競争に勝つのは正だと信じているわけだが…。
・「逢魔が時」 二編目は能力が外部由来なわけか。これも難しい。何かの才能があれば、それに悩まない者などいないと思う。持たざる者にとっては、いっそ贅沢に思えるのだが?
・「秋の陽炎」 序盤で「あの真珠色の朝を…」をちょっと思い出した。この陽炎が見えたなら、自分の目にはどう映るのであろうな?
・「枯葉」 ここで言う50年後っていつのことなのだろう?
・「素顔の時間」延伸時間…というのが面白い。どうせもとに戻るのだから、やりたいほうだいの時間。そちらが素顔の時間なのか。ということは、覆水が盆に帰らぬこの世が愛おしい。
・「減速期」 昔のことばかり思い出すようだと人生は減速しはじめた、ということ?それなら、ぼくはずっと減速しっぱなしだな。
・「少し高い椅子」「あなたはだぁれ?」の逆といったところか。サラリーマンなんて、取り替えのきく部品のようなものだね。どうであれ、「本質的には同じ」というのが耳に痛いな。

『ポケットのXYZ』 (眉村卓) 感想

古書。ショートショート集。FM大阪の「男のポケット」という番組のために書かれ、読まれたもの。『ポケットのABC』の続きらしいが、そちらは未入手。『ぼくたちのポケット』は昔に読んだ。たぶん、そのあとがきに書かれていたのだと思うのだが、「約束の甲子園」というのをどうしても読みたくて、探した記憶がある。何年か後に『鳴りやすい鍵束』で読めた時はうれしかったな。
いずれにせよ、こうして本で読むのもいいのだが、朗読とかされたものは、ソフト化されないのであろうな?聞いてみたいのだがなあ。

『ワルのり旅行』 (眉村卓) 感想

古書。「ワルのり旅行」「主任地獄」「長い三日間」「屋上の夫婦」「われら恍惚組合」「トドワラの女」「トロキン」「青い道化」
脱サラを果たした人々が、かつて所属した会社の名で社員旅行を実行する、というのが表題作。社員旅行なんて、行く気になったことがないのだがなあ。組織に属さなくなると、もとの組織が妙に懐かしく感じるということなのか?組織に属さないというのは、どういう感じなのでしょう?
「長い三日間」は、週休が三日になった世の中が舞台。休みが三日もあっても仕方ない、と思ってしまう。きっと、ぼくも主人公のように適応できない側になろうな、と思う。
「トロキン」 この集のうち、明らかにSFテイストなのは、これのみ。主人公は、妻に都心にしか売っていないトロキンという安定剤を買ってくるように頼まれるのだが……。「自分の奴隷みたいなひとりの人間」というのが辛辣である。しかし、気づかなければ幸せなのでは?そう、世間一般と同じように。

2009/12/26

『はぐれ刑事純情派 最終回スペシャル』 感想

『はぐれ刑事純情派 最終回スペシャル』を観ました。
足かけ22年……藤田まこと、といえば『必殺』の中村主水、『京都殺人案内』の音川音次郎、そして安浦刑事という気が強くするので、これで見おさめだと思うと感慨深い。最終回スペシャルにふさわしく、田崎元婦警と捜査などというのも泣かせる。このシリーズの主軸はやはり母と子供の関係性だったのかな、とも思う。そういう意味では、安浦の過去にふれている点も含めて興味深く原点に根差した話になっている。
と、真面目なことを言ったあとで何なんだけれど、真野あざさが演じるママの台詞「刑事でも刑事でなくても安浦さんは安浦さん」という台詞に、『ウルトラセブン』最終回のアンヌの台詞を思い出した同好の士は、視聴者にどのくらいいらっしゃるのかな?男が仕事に打ち込めるのは、女性のかくも深い理解あったればこそ、ですよね。

2009/12/21

『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』 感想

『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』観てきました。
まず、観終わって思わず口をついた言葉は「もったいねえ」でした(笑) ものすごく贅沢な映画です。もっと長くてもいいのではないかとさえ思いましたよ。凝ったシーンの数々が、それぞれほんの十数秒程度しか映らない。まったく、目を皿のようにして観る必要があります。細かいところもう一度観たいから、DVDになったら買う(笑)。
物語としては、その昔、キングに封印された悪のウルトラマン・ベリアルが復活。光の国はプラズマスパークを奪われて氷づけ。メビウスとレイが協力して奪回を試みる中、セブンの息子ゼロ登場。言ってみればこれだけなのです。これだけなのに、何なのか、この圧倒的な感じ?CGを廃した肉弾ワイヤーアクションの説得力と光の国の精緻な描写。正直に言えば、人間ドラマなしのお子様仕様なのかも、とあんまり期待してなかったのです。ごめんなさい。人間ドラマはあんまりなかったけど、ウルトラ戦士のドラマはあった。しかも、完成度が高い!続編があるような終わり方だったけど、どこに続くのか、それのみ心配。この内容にリンクしてるのだったら、メビウス外伝も押さえとくべきなんだろうか?
声優陣に関しても、ゾフィーが田中秀幸さん、をはじめとして、すばらしいですね。キングの小泉元首相も、思ったよりずっと重々しい感じで雰囲気出てました。好みで言えば、ウルトラの母の長谷川理恵さんの声が若すぎるような気もしたのですが、主にこの作品を観る子供たちのお母さんって、この方と同じくらいの年齢なのかも。と考えると丁度よいのかな。
と、べたぼめしましたが、気になるところもあるにはありました。とくに、ケン&マリーはひっかかった(笑)。ウルトラマンボーイは、まだ成人してないのだな。とすると、ゼロの母がアンヌということはあり得ないのかな?光の国の成人って何歳なんだ?とか。あと、ミクラス・ウィンダム・アギラがあんなに強いのはなぜ?地球で弱いのは、環境的制約があるからなのか?とくにミクラスがベムスターを撃破ってのは……。
まあ、細かい点は他にもいろいろあるけれど、たいへん楽しめた映画でした。



『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010』 感想

『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010』を観ました。
楽しませていただきました。ディケイドとWが別々ではなくて、リンクしているのですね。全体は三部構成で、ディケイドのパート、Wのパート、そして、って感じ。しかしですね、ディケイドのパートが終わったところで、場内に流れる「えーっ」みたいな子供たちのブーイングがすべてを物語っているように、そこまではとても判りづらい内容でした。
TVシリーズの最後から、どうしてそう繋がるわけなんでしょ?単に前作の『仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー』 では活躍させられなかったライダーたちを大集合させただけに見えてしまう。だから、平成ライダー中心なのだな。タックルをの電波投げ見れたのは、そういう意味では複雑な思いがしますよ。このタックルが生きていた世界には、城茂はいなかったの?それに、夏海がキバーラになる必然性とか、鳴滝をゾル大佐にする必要とかあったのかな?あと、劇中で明かされるように、時間の流れとともに忘れられていく宿命だったライダーたちの記憶を繋ぐのがディケイドの役目なのだとして、「ディケイドの物語はありません」はやりすぎでは(笑)。
そして、W編。「ビギンズ・ナイト」を回想する話なわけだな。時間的にはTVシリーズの前回と今回の間くらいの話なのでしょうか?こっちは、吉川晃司演じる鳴海荘吉がひたすらダンディー。仮面ライダースカルも禍々しい感じで好みです。始まりの夜に起こったことは描かれるけれど、そうなった理由はあまり明かされないのだな。フィリップの出自はTVのほうに引き継がれたか。フィリップの「本棚」に『長いお別れ』が。そして、名づけ親は鳴海だったのか。
謎のいくつかが判明した分、謎はかえって深まったように思う。いちばん謎なのは、ディケイドとWの世界の相関関係ですよね。なぜ、第三部はああなったのか、誰も説明できまい(笑)。あと、栄ちゃんと琉ちゃんの関係とかも気になる。ただ、栄次郎が死神博士だった理由をいとも簡単に説明してくれたのには感服しましたね。
まあ、楽しかったし、いいかな。でも、できればWの完結をまた映画でやるのだとしても、今度はコラボさせないで欲しいな、とか複雑に思ったりしてますよ。


2009/12/20

『サザエさん 年賀状の悩み』でワカメが参考にした絵本

本日の『サザエさん』、「年賀状の悩み」という話でワカメが寅の絵を描くのに参考にしていた絵本は、『ちびくろサンボ』でしたね。それにしても、サザエさん一家はみんな自筆の年賀状なのだね。パソコンのパの字も出て来ない。

『新仮面ライダー SPIRITS 1』 (村枝賢一) 感想

「俺が1号?」
「そうだ 何故なら 俺が2号だからさ」
旧1号がサイクロン号でベルトの風車に風を受けて変身するカラーページに思わず熱くなる。2号ライダーはいかにして生まれたか?TVシリーズではついに描かれなかった、その物語。熱くなるなという方が無理である。
冒頭に登場する少年から、本郷はプラモデルをもらったんだっけ?なつかしい。購入してから、もう何度も読み返しています。次が待ち遠しい。

『境界のリンネ 2』 (高橋留美子) 感想

新キャラ魔狭人 登場。こいつは悪魔なのね。りんねとは、悪魔小学校からの昔なじみ。って、りんねも悪魔小学校?死神と悪魔はちょいと違うのではないかと……。そのあたり何か事情があるのかいな?事情といえば、その頃はりんねはお金持ちだったのだね。どうも、まだ話に乗り切れない自分を感じる…。桜がこのあとどうなっていくのかは、かなり興味があるのだがな。

『深夜食堂 第10話 ラーメン』 感想

深夜食堂 第10話 ラーメン を観ました。
「やっちまったことを、なかったことにはできねえ。大事なのはそのあとどうするかだ」
「取り返しがつかないっていうのは、何もしねえでなげいている奴のいいわけじぇねえのか」
この話、第1話の後日談の体裁をとっているのですね。敵対する組織の若頭を刺して身を隠したゲン。深夜食堂に訪ねてきた男の子はゲンの息子健太だった。ゲンは、深夜食堂の住所づけで、子供に誕生祝いの葉書を送り続けていたのだった……。
深夜食堂のラーメンは、インスタントなのだな。しかし、ゲンにとってここは特別な場所なのですよね。だから、そのラーメンが食べたい……。竜に連れられて、自首していくゲンを見送る健太。その健太に、マスターは連絡する住所はここのままでいい、という。いいなあ。最終話らしい、いい話です。

そして、オダギリ・ジョー演じる謎の男が、ピーナツの算盤を完成させ、謎なままに去っていく。マスターの顔の傷と因縁が??謎の男にとっては、今が「そのあと」なのかもしれないですね。


2009/12/10

『深夜食堂 第9話 アジの開き』 感想

深夜食堂 第9話 アジの開き を観ました。
マリリンを馬鹿にした態度を取る男の客に「うちの暖簾をくぐるなら、肩書きなんておいてきな」という マスターの言葉が沁みますね。いや、この男だって、けっして根っからの嫌な奴ではないのでしょう。店の外でしょぼくれていたのが、いい証拠です。
自分の仕事に誇りを持てなくなっているストリッパーのマリリンが出会った老婦人は、かつての伝説のストリッパー ローズ美千代。彼女はマリリンに「もっと誇りを持っていいんだよ」と言う。
自分の仕事に誇りを持つ……だれにとっても、それは難しいことなのかもしれません。新井素子の『星へ行く船』シリーズ-たぶん『カレンダー・ガ-ル』-の1シーンに「たかがお茶くみ」に関する言葉があったのをふと思い出しました。どんな仕事でも「たかが」と言ってしまえば「たかが」だけのもの。でも、世界一の「お茶くみ」になろうと思えばそうなる。大意は、そんな感じだったかな。「世界一」なのか「たかが」なのかは、仕事の種類ではなく、その仕事をする人の心意気で決まるのですね。


2009/12/03

『深夜食堂 第8話 ソース焼きそば』 感想

深夜食堂 第8話 ソース焼きそば を観ました。
決まってソース焼きそばの目玉焼きのせを注文する女性は、元アイドルの風見倫子だった。彼女は父親に捨てられた自分の境遇にだぶるような映画に出演することになったが、うまくいかない。本当に父親に再会した時、「ありがとう」なんて言えるのだろうか?と。そんな時、マスターの財布を拾ったホームレスが店に現れ、ソース焼きそばに四万十川の青のりをかけると風味がよくなると言うのだった…。

Youがせっかく哀愁ただよう、いい感じなのに、アイドル時代の妙な歌のエピソードを入れる必要はあったのかな?あのピンクの衣装はけっこう無理がないか?
ホームレスが実は父親本人だということは倫子の回想として視聴者に暗示されるだけであり、ふたりの再会は映画のスクリーンを通してのみである、など心憎い展開なのに、そのあたりにもうちょっと配慮があってもよかったんではないかと思う。

2009/12/01

『時をかける少女』 (1983) 感想

GYAO で原田知世版の『時をかける少女』をやっているので観る。
映画の冒頭に「ひとが、現実よりも、理想の愛を知ったとき、それはひとにとって、幸福なのだろうか?不幸なのだろうか?」と表示される。現実と理想の愛は排反事象なのか?と、昔、同世代の目線で鑑賞した時にはあんまり気にならなかったことがいやに気になる。
この映画のストーリーは、言うまでもなく有名なので省くとしよう。尾道を舞台にしたノスタルジックな映像についても同じ。さて、問題はラスト数分だ。深町家の祖父母「このままずっと、ふたりなんでしょうかねえ」「ずっと、ふたりなんだろうねえ」 祖母は、あれからも孫のものを買い続けているようだ。大学に残り、薬学を志す和子。吾郎からの誘いの電話にもすげない感じ。大学の廊下で和子と一夫がぶつかる。一夫が実験室の場所を尋ねる。答える和子。去っていく和子を肩越しに少しだけ振り返る一夫。何かが気になったように、歩きだした一夫を目で追う和子。だが、そのまま、ふたたび歩きだす。
幸不幸を問うならば、幸福なのでは?あれほど「忘れない」と繰り返したのに思い出せないから不幸なのか?そうではあるまい。和子の中には確実に何かが残っているのである。たぶん、それを確かめるためだけに仕組まれた再会である。一夫の言った通り、記憶は失われた。祖母の言葉通り、この現実はこのまま続くのだ。でも、心は?一夫の介入により、吾郎との平凡な毎日は失われたのであろう。しかし、そこには理想の愛がある。

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