【作家】乙川優三郎

2009/04/12

『蔓の端々』 (乙川優三郎) 感想

剣をもって立身をはかる禎蔵、しかし彼が思いを寄せていた隣家の幼馴染である八重は、どうやら知友の黒崎に伴われて藩を出奔したらしい。黒崎には家老暗殺の嫌疑までかかっていて……。いったい、どうしてこのようなことになったのか?
読み進むごとに、藩の内情や禎蔵自身の身の上が、信じていたところから食い違いを生じていく様が面白い。物事というのは一面的ではないものだ。まあ、この物語のような場合、ただ単に一面的でないではすまないのかもしれない。けっきょく、禎蔵は長い時間をその食い違いに振り回される結果になってしまうのだから。彼が物事の真実に到達していなかったのは、もちろん情報が隠蔽されていたからというところが大きいのではあるが、その隠されているということを察しえず、深くは追求してこなかったその性格にもよるのではないか?そういう物語だと言ってしまえばそうなのであろうし、上意に逆らえぬ一藩士という立場もあろう。しかし、後手後手にまわりすぎである、と思ってしまうのだ。とりわけ、物語の結末は、何となく悲しいものがあって、どうも納得がいかない。禎蔵という人物、受身にすぎるような気がする。男として物足りないと言ったらよいか?八重のある種の力強さと好対比である。まあ、ここまで受身に徹し切れるということは、もしかしたらすごいことなのかもしれないが、ぼくなどはこういう心境にはどうにもなれそうにないものだ。(2003/05)

2009/03/15

『屋烏』 (乙川優三郎) 感想

・「禿松」 禿松と呼ばれる智之助は、その昔祝言間近で破談となった相手である初の夫の囮としての任を負うが……。いろいろな読み方ができると思うが、男は身勝手なものというのが第一印象。しかし、それでも年月を重ねる中に何かは確実に残っていくのではないか?初の台詞が最後までないのが感慨深い。
・「屋烏」 政変に巻き込まれ惨殺された父に代わり弟を育てた揺枝、彼女がふとしたことから心を寄せるようになったのは、粗暴と噂の高い男であったが……。宿命という言葉に不幸を重ねるのは悲しいものだ。行いはいつか報いられると信じたい。清冽な一編。
・「竹の春」 脱藩した男を慕い行動を共にした姪を追う役目を負った与五六、だがその心には迷いが生じて……。何かを始めるのに遅すぎるということはけしてない。そのときはじめて何をなすべきかに思いあたったのであればなおのこと。
・「病葉」 年のさほど離れぬ継母、その反発から放蕩を尽くす多一郎、しかしある日普請奉行を務める父が病に倒れ……。一からやり直すという覚悟はなみなみのものではないと思う。そういう決心はえてして自分ひとりではできないものだ。
・「穴惑い」 夫婦となってわずか二ヶ月で敵討ちのため国を離れた関蔵は、三十四年ぶりに本懐をとげ帰郷するが……。歳月の重さをこのわずかの頁数でじつに密度高く感じさせる。夫婦が最後にとる選択がいい。

『椿山』 (乙川優三郎) 感想

よほど非凡の才にでも恵まれていれば別であろうが、ひとは定められた何らかの枠から出ることが多くの場合はかなわないものだ。ならば、その己にとって出ることのかなわない枠のようなものを、自分の中でどのように捉えているかで幸不幸は大きく変わるのではないだろうか?時代は異なるとはいえ、これは現代にも通じることであろう。
「ゆすらうめ」 やっと年季が明けて自由の身になった娼妓のおたか。しかし、そこに家族が金の無心に現れる。おたかが娼婦から足を洗えれば自分自身の生活にも変化を望むことができるかもしれない、そんな思いをいだいていた番頭の孝助は……。これで終わると思っていた何かに引き戻されようとしている人間の気持ちとはいったいどんなものでしょう?いや、引き戻されるのではなく、それしか選択肢が残されていないのだとすれば……。
「白い月」 最初はまじめだった職人の夫だが医者の薬礼をかせぐためにはじめた博打が高じて……。これも考えさせる話です。夫婦をつなぎとめている絆とはいったい何なのか?いや、それはそもそも絆なのでしょうか?果てしない繰り返しを、また価値あるものだと判断させるのは、いったいどのような思いなのでしょう?
「花の顔」 ある意味現代的なテーマですね。自分にいつもつらくあたった姑。身勝手と思える夫。そして、月日は流れ、夫が江戸詰めのままに姑に痴呆の症状が……。時を経るに従ってのさとの心情の変化が読む者の心を揺さぶります。そして、さとの辿りついた結論とは……。短い中にほとんど人の半生といえる時を閉じ込めた美しい作品だと思います。
「椿山」 才気溢れる若者である才次郎は、学問所での成績もめざましく、登用試験を経て藩の勘定吟味方になります。しかし、ごく平凡な勘定方の父親は、何事も無難にこなすようにと息子に説きます。学問所の師範は、<人に何かをを教える者はまず心が穏やかでなければならない>と言い、娘を才次郎の友寅之助に娶わせます。それをきっかけに才次郎は藩の上部に接近をはかり栄達への道を歩みはじめるのですが……。才次郎のように死ぬことができるのであれば、あるいは人生も捨てたものではないかも知れません。何であれ、人は「その時」に間に合わないことのほうが多いのですから。

2009/03/14

『喜知次』 (乙川優三郎) 感想

武家の嫡男小太郎は、幼馴染の父親が殺されたことをきっかけに、少年ながら自らの進む道と藩政について考えはじめる。そして、小太郎の義妹で<喜知次>とあだなをつけられた花哉は、いつかそのかたわらで美しく成長していくが……。
小太郎の半生を描いた印象深い物語。少年たちの友情が、幼い恋が、やがてその成長に従って刻々と変化していく様子がすばらしい。時を重ねることは、何かを失い何かを得るということと同義であろうか?少年の日を回顧した小太郎の胸に去来するものは何であるのか?物語の終盤、ひどく泣きたいような気分になってしまったが、これはまだまだぼくが若輩である証拠であろうか?この物語の感想については、ぜひ、物語終盤の小太郎と同年代の方々にうかがってみたいものである。(2001/04/15)

2008/11/30

『霧の橋』 (乙川優三郎) 感想

わけあって刀と身分を捨て、紅を扱う商人となった惣兵衛。しかし、いっぽうでは大店の陰謀が、そしてもう一方では亡き父に関する過去からの影が人生にかげりを落とす。そのとき惣兵衛は、そして妻のおいとは……。
すばらしい。素直に言って感動しました。山本周五郎の作品を読んだ後のような清涼な気持ちになれました。物語を貫いているのは、自分はどのように生きるべきなのか、ほかに生き方があったのではないのかという紅屋惣兵衛の迷いなのですが、その迷いに彼自身がひとつひとつ自分ながらの決着をつけていく姿がよいのです。商売仇との駆け引きは企業サスペンスといってよい緊迫感あふれる展開だし、武家時代の因縁が何年もたってから生活を侵食してくる様もまた面白いです。なんといっても、そのなかで惣兵衛の支えになっているのは妻のおいとなのですが、周囲の案件がひとつひとつかたずいていく反面、彼らの仲は妙な具合になっていきます。はたして何を守り何のために男とは生きていくものなのでしょう?解説の北上次郎氏もひいておられますが、あえてここにもひきましょう。「夫が妻を守るのは当然のことで、その結果たとえ命を失ったとしても妻に死なれるよりはましだということです」これだけ書き出すと照れてしまいますが、綴られた物語の重みが、この台詞をじつに生きたものにしていると思いました。(2000.03.20)

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