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カテゴリー「【特撮】仮面ライダー響鬼」の50件の記事

2009/06/09

『俺たちは天使だ!』 30年ぶりの続編

「俺たちは天使だ!」30年ぶり続編製作

松田優作の『探偵物語』も好きだったけれど、昔の刑事・探偵物といえば、この沖雅也主演の『俺たちは天使だ!』も大好きだった。オープニングはSHOGUNの「男達のメロディー」だったな。<運が悪けりゃ死ぬだけさ>という明るく突き放したようなフレーズは忘れられない。武器がブーメランなのも、なにかというと真っ赤な薔薇の花が出てくるのも、CAPを演じる沖雅也のニヒルさと不思議に調和していた。
このたびは、リメイクじゃなくて、あの30年後を描くのだとか。主演のCAPが渋江譲二さんで、事務所のバイト役で秋山奈々さん、ということはイブキ・アキラ師弟だよな(笑)。深夜枠なので、とにかく忘れないように録画しておかないとなあ、と思う。

2008/06/21

神戸みゆきさんの訃報

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080621-00000049-sanspo-ent

神戸みゆきさんの訃報。セーラームーンの舞台は残念ながら観たことなかったけれど、『仮面ライダー響鬼』の日菜佳さん として、轟鬼くんとのエピソードでずいぶん楽しませていただきました。24歳は若すぎます……。

ご冥福をお祈り申し上げます。

2006/01/22

『仮面ライダー響鬼』最終之巻・明日なる夢

仮面ライダー響鬼最終之巻・明日なる夢 いきなり1年経っていたので驚きました。しかし、鬼という存在が連綿と魔化魍を清め続けるのがこのシリーズの世界観であるのだから、他シリーズのように敵が全滅するというようなカタルシスがあるわけではないのですよね。ある意味、この戦いは日常であるわけです。深い。
明日夢は医者になることに決めたのですね。自分の道を見出したわけです。真似をするのではなく、ヒビキの生き方に何かを見出す、明日夢はヒビキと出会えたことで人間として成長しました。初めて出会った時から自慢の弟子だったとまで言われて明日夢も本望でしょう。若いうちに本当に尊敬できる人に出会えるというのは得難い経験だと思います。そして、桐矢も、明日夢の生き方に一定の理解を示すまでに成長しましたね。彼は鬼になることはできたけれど、どうも鍛えるというのがどういうことなのか、いまひとつ判っていないような気もします。
まあ、いろいろあったけれど、そのいろいろも含めて面白い作品だったと思います。残念なのは、最後にトドロキが日菜佳とぶじに温泉に行けたかどうかわからなかったことですね(笑)。


2006/01/15

『仮面ライダー響鬼』四十七之巻・語る背中

仮面ライダー響鬼四十七之巻・語る背中 「自分の生きる道が決められないやつに、なんの人助けができるんだ?」か。厳しい言葉だと思う。果たして、自分の生きる道をしっかり見極めて生きている人間というのは、世の中にどのくらいいるのであろうかな?でも、誰かの役に立ちたいということは、そこに揺らぎがあってはいけないのは当然のことですね。明日夢の出す答えに期待したいです。
ヒビキは、けっきょくイブキの代わりにオロチを鎮めに向かう。それがヒビキの覚悟なのであろうけれど、ここは師匠とか弟子とか先輩とか後輩とかいう関係性が難しいところでしょう。いかに師匠であり先輩であるヒビキが何かを伝えようとしても、弟子である桐矢や後輩であるイブキにもそれを受け止める度量は求められるわけだ。イブキには伝わるであろうけれど、桐矢にはどうなのか?素手で魔化魍と戦うことで、鬼であるということがどういうことなのか、ほんとうに伝えられたのか?


2006/01/08

『仮面ライダー響鬼』四十六之巻・極める鬼道

仮面ライダー響鬼四十六之巻・極める鬼道 「死を覚悟する」というのは難しいことだと思うのです。「まだ死にたくない」と香須実を抱きしめるイブキの反応のほうが人間的かもしれません。しかし、死ぬことをまったく考えずに生きるのでは、例え鬼でなくてもだめなのでしょう。明日死ぬとして、どのような種類の悔いが自分の中に残るか、その違いが重要なのではないでしょうか。
桐矢は、誰かの弟子になるということがどういうことなのか、まったく判っておりませんな。弟子が第一にすべきなのは手本を学ぶことです。自分の考えで何かをしてはいけません。まず虚心に学ぶことですよ。武道は判りませんが、ちょっとだけかじったことのある書道で言えば、これを「臨」とか「臨書」といいます。手本の通りに書くとの意味ですね。名前も、○○書ではなく○○臨、というふうに入れるのです。それを繰り返して後にこそ、自分の何かを見つけられるのですよ。
と、真面目な話を書いておいてアレですが、トドロキ君、ギターを2本持つのはかえって戦いにくいだろうから、やめたほうがよいと思うぞ。

2005/12/25

『仮面ライダー響鬼』四十五之巻・散華する斬鬼

仮面ライダー響鬼四十五之巻・散華する斬鬼 意外にも桐矢は桐矢で真面目に考えていたわけですね。「おれの力じゃないから」使わない。なかなか言えることではありません。明日夢とも殴りあったことだし、より理解が深まるとよいです。ヒビキの弟子が一人だけというのであれば、誰か他の鬼の弟子にしてもらうという方法もあるし、こうなったら鬼への道を邁進してほしいです。
さて、やはり禁断の法を使っていた斬鬼。「戦わなくていいんすよ」と叫ぶトドロキの声が悲痛です。そして、ふたりでの戦い。ダブル・ライダーだよ、と強く思いました。平成ライダーのどれかのシリーズを見て、例えライダーがふたりで戦っていても、不思議にそれをダブル・ライダーだとは思いませんでした。しかし、この姿形も同じで武器も同じ師弟の戦い、これはダブルライダー以外のものではありません。そして最後のギターでのセッション。ザンキの魂はしっかりとトドロキに受け継がれたと思います。


2005/12/18

『仮面ライダー響鬼』四十四之巻・秘める禁断

仮面ライダー響鬼四十四之巻・秘める禁断 トドロキが日菜佳の助けを断って、自分自身でリハビリを続けようとする姿は胸に迫るものがあるです。でも、そうやって恋人の助けを断っておいて、師匠には甘えるわけですか。きついことを言うようだけれど、そのトドロキの弱さがザンキを迷わせているのではないですかね?なんだか怪しい呪法のようなものを使っているし。ザンキも、もう一度弟子になれ、はないんじゃないかな。こういう関係は、うまくいっている時はいいのだけれど、そうでなくなった時は泥沼になってしまいます。
そして、京介はついにやってはいけないことをやってしまったのでしょうかね?ヒビキがこのことについてどういう判定をするのかが見物です。ぼくは、明日夢も甘いというか、責を負わねばならぬ点があると今回のことについては思うのですがね。


2005/12/11

『仮面ライダー響鬼』四十三之巻・変われぬ身

仮面ライダー響鬼四十三之巻・変われぬ身 トドロキが再起不能……。シリーズも終盤に来てえらい展開を見せるなあ。ここは、自身も傷を負ったザンキさんに道を示して欲しいと思う。「鬼はひとつの生き方だ。常に自分に勝つ。そういう生き方だ」と、自身にも言い聞かせるような調子のザンキが哀しい。だから、ザンキ、あなたは変身してはいけないのではないかな?変身しなくても生き抜くのだという、そういう姿勢をこそトドロキに見せるべきなのでは?
そして、京介。修行なんてのはさ、たいていの場合は地味で格好の悪いものだと思うぞ。その、何かをごまかそうとする心持ちがある限り、だめだな。ヒビキは、それに君自身に気づいてほしいのだろうな、と思うのだよ。しかしなあ、彼のような若者の場合、それに気づくことは何にも増して困難なことなのだろうな。


2005/12/04

『仮面ライダー響鬼』四十二之巻・猛る妖魔

仮面ライダー響鬼四十二之巻・猛る妖魔 オロチは一匹の魔化魍の名前ではなかったか。うーむ。
トドロキと日菜佳が温泉に行く約束をしたりしていい感じだったのに、終盤でトドロキが……。いつもは脳天気なトドロキだけれど、予告のシーンを見るとかなり心配です。
桐矢は鬼になるということを何だと思っておったのでしょう?超能力か何かだと思っていたのでしょうか?神秘的な修行をすることで、自分の秘められた力が解放されるとか。この『響鬼』という番組はそのあたりはじつにはっきりしていて「鍛える」ことでしか成就しないのだよね。何でもそうだけれど、正統な努力なくして何かが入手できるというのは、若者が間違い易く陥り易い罠だと思います。そのあたりを、桐矢を題材にして子供たちにきっちり伝えることができるのであれば、こういう展開にも意味があると思います。ちょっと驚いたのは、見た目あんまり強そうでない明日夢がきちんと修行についていっているという点。明日夢はえらいと思います。えらいのだけれど、あきらとお昼を食べていて大丈夫かいな?ひとみはどうするつもりなのです?そのあたりの修行も必要ですよね。でも、こればかりはヒビキが師匠ではダメか。


2005/11/27

『仮面ライダー響鬼』四十一之巻・目醒める師弟

仮面ライダー響鬼四十一之巻・目醒める師弟 オロチというのは、例の和服のふたりにもコントロールできないほどの魔化魍ということか……。こんなタイミングで弟子入りを決意して、明日夢と桐矢は大丈夫でしょうかね。
そして、あきらの変身は一瞬ではあったけれど、あの姿は威吹鬼に似ていたように思います。鬼にならない決心をしたあきらが、この後どうするのかとても興味深いですね。鬼にはならないけれど猛士のひとりとして残るのか、それとも普通の高校生に戻るのか。
話の流れとしてはわかるのだけれど、そもそもの構想ではあきらと明日夢を対比させるはずだったのではないのだろうかな?桐矢は対比させるのにわかりやすいキャラだけれど、いささか単純化させすぎのような気がしますね。明日夢に鬼になるということの複雑な大変さをわからせるためには、あきらのままでよかったのではないかと思うのですよ。このまま物語からあきらが退場することになると、ちょっと寂しいですね。


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