『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス) 感想

キイスの作品も今では書店に数多く並んでいますが、ほんの10年くらい前まではキイスというとこの作品でしたよね。脳外科手術によって白痴から超天才へと変貌を遂げた主人公チャーリー・ゴードンが、自分の前に手術を受けた白ネズミのアルジャーノンの術後経過を研究していて、その効果が長時間は持続しないと気づくという物語。天才になることで友人と信じていたすべてを自分の世界から無くしてしまう物語。そのせつなさはいつまでも変わることなく、読み返すたびに感動を与えてくれます。チャーリーが到達したやさしい境地に、いったい人間のどれほどの者がたどり着けるというのでしょう。結末の手紙の「ついしん」に秘められた限りないチャーリーの想いにあなたは何を感じるでしょうか?(1997.05.18)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『マイナス・ゼロ』(広瀬 正) 感想

タイムトラベルSFの佳品を挙げろと言われたら、間違いなくBEST1にぼくが推薦する作品。ちなみに次点は『夏への扉』(R・A・ハインライン)でしょうか。
とにかく、この作品の仕掛けは凝りに凝っていて、なまなかなミステリなど足元にも近づけない完成度を持っています。ふとしたことからタイムマシンで過去に迷い込んだ主人公が、31年の時を経て帰還するまでの物語。そこに仕掛けられたタイムパドラックスの数々はじつにすばらしいものです。昭和初期の生活風景が微に入り細を穿って描写してあり、この物語の現実味を高めています。もちろん単純な比較はできないのだけれど、広瀬正の諸長編はジャック・フィニイの短編に雰囲気が似ているような気もする。過去に対するノスタルジックな思い入れ。それによって眼前に見事に再現される「もうひとつの過去」は、ぼくたちを幻想的な時間に誘ってくれます(1997.06.08)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『怪盗紳士ルパン』 (モーリス・ルブラン) 感想

アルセーヌ・ルパン全集の第1巻。ルパン対ホームズという図式を考えた時、ぼくはやはりルパン派なのだな。洒脱で軽妙、これルパンの持ち味ですよね。第1話の「ルパン逮捕される」は何とも言えない恋愛小説とも読めるし、第2話「獄中のアルセーヌ=ルパン」で脱獄可能なら最初からつかまらなければいいのにと皮肉をいうガニマールに「女がぼくをみつめていたのですよ」などと答えてしまうのがすばらしく粋じゃないですか。この恋は第1短編集の最終話「おそかりしシャーロック=ホームズ」で苦く思い出されるのですが...ルパンの恋って成就しないのがお約束なんだけど、長編『奇岩城』の結末なんかはその昔読んだときには泣いてしまったな。偕成社の全集なら、小学校高学年くらいから読めるのでは。他にお薦めなのは第14巻の『八点鐘』っていう連作短編集。(1997.05.18)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『香水 -ある人殺しの物語-』 (パトリック・ジュースキント) 感想

何とも不思議な鼻の物語。十八世紀のフランスを舞台に調香に魅せられた男を描く。体臭がないという不思議な体質を持つ主人公は、究極の香りを求めて香水の材料をさがします。そしてかれが行き着いたものとは。体臭がない代わりに他人よりきわめて鋭敏な鼻を持つ主人公、香りフェチというか何というか、徐々に行動が奇妙になっていきます。彼の行き着いた芳香の原料には慄然としますが、この物語の結末部には何やら奇妙な感動さえ覚えてしまうのはどうしてでしょう。現代ドイツ文学の逸品です。(1997.05.17)


【楽天ブックス】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ホット・ゾーン』(リチャード・プレストン) 感想

この本の感想、とっくに書いたつもりになっていたんだけど、どこにもないじゃないか。昨年にテスト版を作った時に書いて破棄したんだっけ。
それはさておき、本書はエイズより怖いエボラ出血熱について書かれたノンフィクションです。致死率90%、犠牲者の肉体を融解させ全身から血が噴出し肉の塊のようになって死に至る恐怖のウイルス、エボラ・ザイール。まるで悪夢のような話なのですが、これはすべて現実に起こったことなのです。しかも、その恐怖は明日の自分のことかもしれません、このウイルスが日本に上陸することが決してないと誰に言えるでしょうか。身も凍るような思いが読者を捉えて離さないことでしょう。凡百のホラー小説が彼方にかすんでしまいます。フィクションとしてこの病気を扱った作品、「アウト・ブレイク」(ロビン・クック)も併読をお薦めいたします。(1997.05.17)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『フェミニズムの帝国』 (村田 基) 感想

男女の立場が逆転、というと差別表現か?とにかく、女性優位社会を描いた悪夢のような物語である。女性とは何か?男性とは何か?いわゆる「女らしさ」とか「男らしさ」の常識を徹底的に打ち砕いてくれる。職場の女性上司にたいした理由もないのに配置転換を申し渡された主人公の男性が帰宅途中にレイプ事件(あの、誤解なきように書いておきますが、女性が男性をレイプするのです、この物語の世界では)に巻きこまれたのをきっかけにメンズ・リブ運動に身を投じ、男性と女性の社会的役割(といわれていたもの)が逆転したのはどうしてなのかを疑問に思いはじめる、っていうのが粗筋なんだけど。いや、すごい物語ですよ、これは。SFなんかには興味ないという方にもぜひ。(1997.01.05)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『お父さんの会社』(草上 仁) 感想

世の中にコンピュータ・ネットワークを素材にした小説は数多くあるのですが、その中でもイチ押しです。草上仁というと短編作家というイメージがあったのですが、この長編でぼくの思い込みを嬉しい形で裏切ってくれました。この小説の主人公たちは、大規模商用ネットを利用したリアルタイム・オンライン・ゲームをやってるんですが、それが「新入社員としてスタートし、幾多の苦難を乗り越えて、出世の階段を昇っていく」という内容のRPGで、その名も「カイシャ・クエスト」。いや、このゲーム描写のすばらしいこと。本当にこれが発売できたら、まじに流行るんではないか、と一瞬思ってしまう。で、ストーリーは、主人公がゲーム内で出世のためにつくった資料が現実世界で自分がタッチしないところで盗用されていることに疑問を持って、というもの。1993年の出版なので多少書店で見つけるのは難しいかもしれないけれど、ネットワーカーは必読の書。(1996.12.31)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『忠臣蔵元禄十五年の反逆』 (井沢 元彦) 感想

歴史ミステリというと、まず思い浮かべる作家は井沢元彦です。梅原猛の『水底の歌』に材をとった秀逸なデビュー作『猿丸幻視行』以来コンスタントに発表され続ける作品群はとてもすばらしいものです。ノンフィクションでも『逆説の日本史』シリーズをはじめとして、鋭い考察がなされています。さて、この作品は題名の通り忠臣蔵の真実を解き明かしていく趣向になっています。なぜ赤穂浪士は反逆しなければならなかったのか?吉良上野介はほんとうに悪人だったのか?松の廊下を写実的に描写したならば?そして、浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』に秘められた作者の真実の意図<将軍討罰>とは?義士討ち入りの日も近いことですし、このような物語も一興かと。(1996.12.06)

| | コメント (0) | トラックバック (0)