『地球樹の女神1真昼の魔女』(平井和正)感想

この作品じつは初読ではない。以前に何巻かは読んでいるのです。そうそう、角川書店で刊行されたところまでね。例の事件が起こって徳間書店で刊行されはじめたところから未読であります。じつにタイミングが悪いというか、その頃ちょうど就職いたしましてなれぬ東京の空の下、貧乏生活にあえいでおったのですよ。大阪に帰還してから買い揃えようかとしたところ平井和正全集刊行がはじまり、だったらこれで揃えようと思ったのが間違い。この全集はどうやら途中までしか刊行されなかったようで。
未読の平井作品は数えるほどしかなくて、これはそのひとつ。
とにかく、「ラスト・ハルマゲドン・ストーリー」でいざなみ、いざなぎ神話にかかわる作品です。泉谷あゆみのコミック版「クリスタル・チャイルド」を並録していくという異例のスタイルをとっておりますが、徳間書店版を加筆修正した決定版だそうですので、持っていらっしゃらない方はぜひ買い揃えましょう。それにしても、平井和正全集をどこかの出版社で出してくれないかなあ。コミックなんかもすべてサポートしてくれるとなお嬉しいのだが。「超犬リープ」とか「デスハンター」とか持ってないもので。(1997.5.5)

ASPECT NOVELSのものも完結しなかった。未だ途中までしか読んでない。縁がないのか。(2008.4.16)

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『パプリカ』(筒井康隆)感想

いささか身構えて読みはじめたのだけれど。というのはもちろん筒井康隆が精神分析をテーマにしているからに他ならない。「夢の木坂分岐点」を読んだ時よりも数段緊張しなければならないか、と思っていたのである。ところが、読みはじめるとかなりエンターテイメント性が高いというか、少なくても実験的手法を用いたものではないようなので安心した。かなりの専門用語が使用されているけれど、判りにくいということはまったくない。それよりもPT機器という道具を用いての精神分析がきわめて興味深く描かれている。「美貌のサイコセラピストは男たちの夢にダイヴする<夢探偵>」というのが帯の惹句。はて、ダイヴするなんていう表現、作品中に出てきたかな?まあ、それはともかくパプリカというのは夢探偵を行うときの主人公のコードネームなわけです。カバー絵のポール・デルヴォーがとても洒落ていて、しかも象徴的に見えるのですよ。物語はやがて新型のサイコセラピー機器を巡る争奪戦になっていくんだけれど、これがもう「表の行列なんじゃいな」状態できわめてシュール。極彩色の夢の世界へどうぞ。(1997.5.5)

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『洛陽城の栄光』(井沢元彦)感想

「本能寺の変」の真実をテーマにした長編歴史ミステリ(SFといったほうがよいか)。時間犯罪者のせいで本能寺で光秀に殺された筈の信長が生き延びてしまい、その後の歴史に狂いが生じるというストーリーです。少し食い足りない気がします。もっと深くしてもよかったのではと思うのですが、歴史ミステリー初心者なら充分に堪能できるでしょう。ぼくとしては「逆説の日本史」においてこのテーマがどのくらい掘り下げられることになるか、その方に興味がありますね。
信長が生き延びていたら、いずれ天皇を否定し自ら王(この場合はヨーロッパで言うところの)を名乗ったであろうことは色々な方が書いておいでだし、これが光秀謀反の遠因となったという説もあちこちで見かけた記憶がありますが、その集大成といったところです。(1997.4.27)


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『五分後の世界』(村上龍)感想

何と耽美な物語なのだろう。五分の時間がずれている別世界の日本、その世界では第二次世界大戦以降の歴史が大きく違っていた、という設定はSFとしてはかなりありふれたものでしょう。しかしながらそこに詰め込まれた価値観といったら、頭を何発も殴られたようなショックを受けてしまいます。日本国民がすべてゲリラ兵士となって地下に構築した都市で戦いを続けている世界、それは戦争の賛美ではけっしてなく、さりとて反戦のためのアンチテーゼでもない。生きることそのものに目的と達成感のある人生。疑いなく美しいその姿に幻惑されてしまいそうである。
昔、ぼくがまだ少年だった頃、小松左京の「地には平和を」を読んでそこに秘められた情念に頭がくらくらとするようなショックを受けたことがあったけれど、それ以来の衝撃ですね。今、ぼくたちが生きている人生にはほんとうの意味での価値とか真実があるのでしょうか?この物語のラストの1行に込められた作者のメッセージは、ぼくたちに何を伝えようとしているのでしょう?おまえの人生にはこのくらいの充実感があるのか?ぼくにはそう聞えてなりません。(1997.4.27)


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『図南の翼』(小野不由美)感想

今までけっこう運命に受身の主人公たちばかりだったような気がするのですが、この「十二国記」第五弾では、運命を自ら切り開こうとする少女を描きます。今まで語られなかった、王になるために黄海を越える物語です。前作ではチョイ役で出てきた供王珠晶を主人公にしているので、読者は彼女が麒麟に選ばれることはすでに知っているわけですが、王座に至る道のりが語られる上でそれは少しも不都合ではありませんでした。それより、前作までに登場した運命に不安を持つ少年少女たちより感情移入しやすかったです。まあ、これは読者諸氏の性格にもよるのでしょうが。ぼくは陽子よりこの珠晶の方が今のところ気に入りですね。
そういえば、前作までに登場した人物たちが最新作のチョイ役で元気な姿を見せてくれるというのもシリーズ物の楽しみのひとつですが、今回はかなり嬉しいチョイ役君が出ていました。うん、そうそう彼のことですよ。397ページね。安心いたしました。(1997.4.27)


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『風の万里 黎明の空』(小野不由美)感想

第1作の主人公である陽子のその後と慶国の物語。立場の違う少女ふたりに関わる物語を並行して進めながら、国家とは何か?王の立場とは何か?といったことを明確にしようとしている。王であることに自信を持てない陽子は初勅(王としての最初の命令)を何にするか苦しんでいるという設定。この物語の結末部ではそれが示されるのですが、この命令ってどうなんだろう?いや、この世界の人々の立場で考えた場合ですよ。
「十二国記」の世界には変化や進化という概念があるのでしょうか?閉じられた幻想の世界に他の世界にしか存在しない何かをもたらすために陽子のような卵果が存在するのでしょうか?延王や陽子の存在がこの世界にもたらすものについて興味は尽きません。(1997.4.27)

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『東の海神 西の滄海』(小野不由美)感想

番外編なのでしょうか?前二作からはかなり時間的に溯った設定になっています。前二作ではきわめて安定した国として描かれている雁国の再興の物語。このシリーズで語られる、選ばれる王と選ぶ麒麟という構図にはかなり興味深いものがありますよね。運命というもので誰かと結びつくことがある。その結びつきは、自分の行動如何で相手の生命にさえかかわることがある。何とシビアなのでしょう。まだ、この世界の全体像とか、現実(?)の世界とのかかわりとかが今ひとつグレーゾーンにあるので、いずれその辺りが読みたいなあ、と思います。(1997.4.27)


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『逆説の日本史5 中世動乱編』(井沢元彦)感想

「逆説の日本史」シリーズも早くも5巻目である。ここまでくると、どのような新説が出てくるかではなくて、「言霊(ことだま)」と「怨霊」という作者ふたつのテーマがどのように歴史にかかわってくるのか、ということに興味は絞られてくる。自衛隊と「言霊」のかかわりについての研究が作者にはあるくらいだから、鎌倉時代とこの2大テーマが関係ないわけないのである。今回は特に源氏はなぜ三代しか続かなかったのか、執権政治の本質とは何かといった箇所がとりわけ興味深い。
氏の著作に親しんでいない方のために申しあげておくが、これはぜったいにオカルト的研究書ではない。それどころか、鋭い論理のメスで現代人の虚妄を鋭く抉ってくれる快作なのである。でき得るならば第1巻からの順次購読をお薦めする。(1997.4.13)

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『封印再度(Who Inside)』(森博嗣)感想

シリーズ第5巻。この展開からいくとシリーズ完結ということなのだろうか?それとも一段落?ぼくとしては後者であってほしいのですが。どうしても、鍵が封印されている壷の謎よりも主人公ふたりの恋(?)の行方のほうが気になるぼくです。あれほどの名推理を展開する犀川先生が、萌絵ちゃんの仕掛けるほんの小さな謎にはけっして気づかない。「解かれることを望んでいない謎だってある」といったのは誰でしたっけ?その伝でいけば、犀川先生にとって萌絵ちゃんは「解くことを望んでない謎」なのでしょう。かっこをつけて言うならば、前者を男性、後者を女性と入れ替えて、一般化したってこの公式は成立しそうな気がします。その逆が真かどうかは、ぼくは女性ではないからわかりませんが。帯にある京極夏彦氏の「ごちそうさま」の一言が妙にしみじみするのです。この物語最後の一行にはニンマリしたり、ほっとしたりいろいろな反応があることでしょう。(1997.4.13)


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『風の海 迷宮の岸』(小野不由美) 感想

「十二国記」の第2話。第1話は王に選ばれた少女の物語でしたが、今度は180度視点を変えて、王を選ぶ宿命を背負った麒麟という神獣に生まれた少年の物語。第1話はかなり読んでいて辛くなるような描写も多かったのですが、こちらはあまり酷な描写もなく、いっそう面白くなっております。物語としてはこちらの方が好みではありますね。何にせよ、この物語を通してのテーマは、自分とはいったい何者なのか、いったい何をするためにこの世に生を受けたのであろうか、ということなのでしょうか?それは、少年少女にとって謎であるだけでなく、大人になってからも充分解明しようとするに値する謎なのだと思います。ただ、大人たちは往々にして探すのをやめてしまうのですね。悲しいことです。
「人生の目的は、人生の目的をさがすことである」誰の言葉か忘れてしまいましたが、至言でありましょう。この物語、夢を忘れかけた大人たちにぜひ読んでいただきたいですね。(2007.4.13)

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『月の影 影の海』(小野不由美)感想

あちこちのミステリ・SF系読書ページで話題になっている「十二国記」の第1話である。じつはしばらく前から本屋で探していたのだが、見つけることができずにいたのです。“講談社X文庫WhiteHeart”なのですね。哲学書から少女小説までと豪語していたのは最早遠い昔になってしまったらしい。ここはまったくチェックしてなかったのですから。
WhiteHeartに対するぼくの偏見をこの作品は嬉しい形で裏切ってくれました。中国風の異界を舞台にしたファンタジーなのですが、きらめくように漢字がつかってあるのにまずは感嘆。こういう物語は雰囲気が命ですからね。物語の冒頭は夢枕獏の「キマイラ」へのオマージュでしょうか。とても似た感じを受けました。また、主人公の陽子というごくありふれた名前が異界では変わった名前と認識されてしまうのもよい。やたらカタカナ名前をつけなくてもファンタジーは書けるというすばらしいお手本ですね。(1997.4.5)

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秋の花』(北村薫) 感想

人が死なずともミステリは成立する。このことを作者は「空飛ぶ馬」「夜の蝉」で証明した。にもかかわらず、第3作では人が死ぬ。それも高校生の女の子が。長編ミステリは死人がいなくては成立しないのか?いやそんなことはあるまい。何か暗然とした思いでこの作品を読んだのだが、読んでいくうちに疑問は少しずつ氷解していった。この物語で人が死ぬのは必然である、運命といってもいいだろう。この物語のテーマがそれを要求するのである。大学生の主人公にとっては重過ぎるかもしれないそれを。もしかすると、この物語がミステリとしてはいちばん弱いかもしれないが、扱っているテーマの重さは前二作の何倍にもなるだろう。ぼくは今「六の宮の姫君」を読もうかどうか迷っている。(1997.4.5)

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『夜の蝉』(北村薫)感想

「空飛ぶ馬」が面白かったので、続けて買ってきた「円紫さんと私」シリーズの第2弾である。期待は裏切られずこれも絶品。第2集の特徴は、主人公自身の私生活にかかわるような物語が前面によりはっきり出てきていることだろう。第1話「朧夜の底」では友人の正ちゃんとの関わりが、第2話「六月の花嫁」ではもうひとりの友人江美ちゃんとの関わりが描かれる。そして、これらは第3話「夜の蝉」で描かれる主人公と姉との微妙な関係を語る上での物語的伏線になってくるわけである。より、主人公の内面へ。そして、二十歳の主人公が「女の子」ではなく「大人の女性」の顔を垣間見せるほんの瞬間。それは宝石のような瞬間であるとぼくは思う。(1997.4.5)


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