『プードル・スプリングス物語』 (レイモンド・チャンドラー&ロバート.B.パーカー) 感想
チャンドラーの未完の遺作『プードル・スプリングス物語』をスペンサー・シリーズのロバート・P・パーカーが完成させた作品。もちろん主人公はハードボイルドの代名詞フィリップ・マーロウです。物語はマーロウが『長いお別れ』の事件で出会った大富豪の娘リンダと結婚し、高級住宅街プードル・スプリングスに居をかまえるところから始まります。ハードボイルドと高級住宅街、何という違和感でしょう。『富豪刑事』以外に探偵役が金持ちになってはいけません。もちろんマーロウは誇りを守るために金持ちであることを拒否し新たに事務所をかまえるのですが。マーロウは言います「何でおれに譲歩してもらいたいかによる。住む場所、招待する人間、新婚旅行の行き先、なら譲歩できる。しかし、きみは、おれという人間を変えることを求めている。人間としての信条を。それは譲れない。これがおれという人間なのだ」 ハードボイルド小説というのは生き方そのものについての物語です。その生き方をリンダはついに理解できないのですが、ふたりの出した結論は?事件そのものよりも、それによって引き起こされるマーロウとリンダの間の不協和音のほうが面白く読めました。ロバート・P・パーカーの『キャッツキルの鷲』でスペンサーとスーザンが出す結論と読み比べてみると面白いでしょう。(1997.1.25)
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